号外:気候変動対策の新たな潮流「適応ビジネス」
2022年2月17日付け日経ビジネス電子版に掲載された記事より、
”気候変動への適応はもはや人類が避けて通ることのできない課題だ。経済産業省では、民間企業による途上国での適応ビジネス展開を推進しているが、国内では適応そのものの認知度が低く、成功に繋がる案件は未だ少ない。気候変動対策には、温室効果ガスの排出削減など「緩和」策が必須である。しかし最大限の努力を行ったとしても、緩和策の効果が現れるまでには長い時間を要する。そのため、すでに世界各地で起こりつつある気候変動による気象災害リスクの回避・軽減、または災害への備え等、「適応」策の重要性がますます注目されている。緩和と適応は気候変動対策においてどちらも欠かせない、車の両輪となる施策だ。”
”昨年11月に開催された第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)では、日本は適応支援を2025年までの5年間で倍増すると表明した。すでに緩和対策に取り組んでいる日本企業は多いが、適応対策となると認知度が非常に低い。適応ビジネスの潜在的市場規模は、2050年には世界で年間最大50兆円にも拡大すると言われている。また、気候変動対策を支援する国際基金(緑の気候基金:GCF)では資金を緩和と適応に半分ずつ配分しており、1件当たりの支援金額も大きい。日本企業にとっては大きなビジネスチャンスの後押しとなるはずだ。”
”現状の課題は、適応ビジネスに活用できる製品・技術を持ちながら、その可能性に気づいていない日本企業が多いことだ。例えば、台風のエネルギーを電力に転化する台風発電は緩和策だが、災害時にエネルギーを安定供給できるという点では適応策とも捉えられる。また、ICT(情報通信技術)を活用した気象観測システム、先端技術を取り入れたスマート農業も適応策の一つだ。”
”適応のニーズが最も高いのは途上国である。脆弱なインフラや気象条件に依存する農業など、気候変動による影響を最も受けやすいためだ。幾多の災害を乗り越えてきた日本には途上国のニーズを満たす技術力と、それを運用するための知見が十分に備わっている。経済産業省では民間企業による適応ビジネスの展開を積極的に支援していく考えだ。”
”適応ビジネスを成功させるためには官民連携が不可欠である。災害防止や災害時のエネルギー安定供給など、適応ニーズの多くは、相手国における公的セクターにあるためだ。また官民連携により、国際的な適応支援機関と協力することも可能になる。経済産業省は、これら機関との協力を通じて、適応ビジネスへの技術支援や気候資金提供を推進している。”
”今後、気候変動はさらに深刻化するとみられ、災害の頻発が懸念されている。問題は災害への対応能力に各国で差があるということだ。防災対策を講じられるだけの人的・技術的資源を持つ先進国と、それを持たない途上国とでは災害時のリスクや被害は大きく異なる。こうした格差を企業の持つ技術で解決するのも適応ビジネスだ。”
”適応ビジネスの市場規模はここ数年で拡大を続けており、近年、適応ビジネスに参入する日本企業も増えてきた。適応ビジネスには気候変動対策という社会的意義があり、新たな市場を開拓することは企業の事業拡大にも繋がる。市場拡大の背景には、途上国のニーズに加え、ディスクロージャーの影響も大きい。企業には気候関連情報の開示(TCFD対応)が求められ、気候変動が事業に与える影響にいかに対応しているかが投資家に評価される。温室効果ガスの排出抑制対策はもとより、気候変動への適応策も含めて、ビジネスチャンスと捉え、対応しているかどうかも企業価値を判断する基準の一つとなった。”
”日本企業の活躍が期待される分野として2つ挙げられる。一つは農業だ。わずかな気温上昇でも生態系への影響は大きく、食料の生産に与える影響は大きい。もう一つが防災。土木技術や気象予測などは、多くの自然災害に見舞われてきた日本が最も得意とする分野だからだ。日本企業にはこの二つを始めとしたさまざまな分野で優れた技術力を発揮したビジネスを企画・展開できる可能性がある。”
”適応ビジネスは決して特別な事業でも、新規事業でもない。日本企業が持っている既存の技術や知見を応用し、適応ビジネスとして再構築することが可能だ。例えば、ある空調機メーカーは、温室効果の少ない冷媒を使用した高効率の製品を展開し、温室効果ガスの排出抑制に貢献しているが、こうした空調機の普及は気温上昇による熱中症などの健康被害を防ぐ適応ビジネスでもある。企業を取り巻く事業環境は大きく変わった。単に利益を上げ事業を継続するだけでは足りず、社会課題への対応も求められている。途上国のニーズに応え、ソリューションを提供することは、社会課題に対する企業の真摯な姿勢を示す絶好の機会となる。”