衣料各社、ミャンマーからの調達を停止へ
2011年の民政移行後、ミャンマーでは縫製産業が盛んになり、縫製品輸出は2021年時点でミャンマーの輸出全体の27%を占めています。しかし2021年2月のクーデター以降、国軍は市民への弾圧を強め、また国内経済や市民生活は混乱し解決の兆しが見えません。政情不安や人権問題を背景に、海外企業が現地事業から撤退したり、現地企業への生産委託発注にも支障がでています。海外とのビジネスが滞れば、一般市民(労働者)は職(収入)を失い、さらに困窮を深めることになります。諸情勢を勘案しながら対応しなければならない海外企業も、その判断は簡単ではありません。
2023年3月28日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、
“衣料品の大手小売り各社が軍政下のミャンマーからの調達を停止し始めた。人権リスクや不安定な市場環境が背景にあり、英マークス・アンド・スペンサー(M&S)やファーストリテイリングが生産委託の中止を決めた。価格競争力の高さから統計上の輸出は好調だが、近隣にも縫製産業に強い新興国が広がるなか、企業は委託先の労務支援や調達国の移転などの見極めを迫られる。”
“ミャンマーでは2021年2月のクーデター後、市民への弾圧を強める国軍に近い企業との合弁事業を中心に外資の撤退が相次いだ。一方、地元の工場に生産を委託し低所得層の雇用をもたらすアパレル販売各社は発注を続けてきたが、現地制度に基づく劣悪な賃金や解雇補償の改善に直接関与できない難点がある。ファーストリテイリングでは3月、世界の生産委託先リストからミャンマー企業がなくなった。傘下ブランドのGU(ジーユー)の上着やシャツの生産を5工場に委託していたが「2023年秋冬シーズンの商品を最後に生産を終了する」という。「ビジネス上の総合的な判断」だと説明した。同社は中国やベトナムなど世界で430工場以上の委託先があり、ミャンマーの影響は軽微とみられる。「無印良品」を展開する良品計画もダウンジャケットなどの同国での生産委託を8月までに終了する方針だ。”
“M&Sは3月までにミャンマーでの生産委託を中止すると発表している。サプライチェーン(供給網)における人権侵害が理由の一つ。アイルランド発の低価格衣料ブランド、プライマークも撤退方針を表明済みで「現地にチームを派遣して検討し、責任ある撤退が唯一の選択肢だと判断した」(プライマーク)。各社の動きの背景には軍政下で改善が進まない現地の労働環境がある。工場労働者の最低賃金は日給4800チャット(実勢レートで約220円)で2019年から上がっていない。クーデターを経てチャットの対ドル価格は約半分に急落し、ドル換算の日給は3.2ドル(当時のレートで約360円)から1.7ドルに下がった。企業や労働組合、非政府組織(NGO)が連携する英エシカル・トレーディング・イニシアチブ(ETI)は「ミャンマーでは労組などを通じて安全に(雇用者側と)団体交渉することが困難だ」と指摘。投資家の視線も厳しさを増している。”
“頻発する停電や物流の停滞も納期管理でリスクとなる。日系アパレル企業の関係者は「ミャンマーは人口が多く従業員を集めやすい反面、不安定な電力インフラが欠点だ」と話す。外貨不足で輸入に頼る燃料の逼迫も問題になり始めている。「責任ある撤退」を巡って業界は腐心している。2月末にはプライマークから受注していた現地企業の2工場が従業員への事前の予告なく閉鎖された。報道によると従業員数は計2200人。プライマークは突然の閉鎖が「行動指針に違反している」と認め、工場と話し合って「賃金や補償金が全額支払われることを確認した」と釈明した。”
“ミャンマーに残ってできる範囲で労働環境を改善しようという動きもある。欧州連合(EU)やミャンマー欧州商工会議所は適正な雇用を維持する取り組みを促すネットワークを設立した。同会議所のカリナ・ウファート氏は「撤退は労働者の状況を悪化させ、失業を拡大させる」と指摘する。少なくとも200工場を対象に、雇用環境のモニタリングなどを行う仕組みをつくる。物価上昇に対する金銭的な補償についても関係者間の議論を促す。”
“ミャンマーの縫製業は、民主化が進み始めた2013年にEUが経済制裁を撤廃し、関税ゼロで輸出できる制度の対象となったことで発展した。縫製品は2021年時点でミャンマーの輸出全体の27%を占める。生地やボタンなど素材をブランド側が用意し、地元工場が裁断、縫製、包装の工程を担うのが主流だ。最近も通貨安などを背景にミャンマーからの衣料品輸出は好調だ。EU・日本・米国の2022年のミャンマーからの輸入額はそれぞれ2011年の民政以降後で最高を記録。合計で47億ドル(約6200億円)に上った。新型コロナウイルスの行動制限が解除され世界で需要が回復し「労働者に一定のスキルがあり、人件費が安くなったミャンマーへの発注が増えた」(縫製業関係者)という。”
“「ZARA」ブランドで知られるアパレル世界最大手のインディテックス(スペイン)や「H&M」のヘネス・アンド・マウリッツ(スウェーデン)もミャンマーからの調達を続けている。H&Mは取材に「多くの人が国際企業(の発注)に依存しており、将来の発注について直ちに決定を下すことは控えている。すべての関係者と協力していく」とコメントした。”
“軍政下で市場環境が不透明なミャンマーながら、人口が現状で5千万人を超え長期的な成長余地は大きい。ベトナムやカンボジア、バングラディシュなど近隣の低コスト生産国も含め、企業は人権や採算など多様なリスクへの備えが一層重要になる。”