号外:新エネルギーの流通を変える「ジャングルジム」
私は文科系人間で、技術的な難しい話にはなかなかついていけません。しかし下記でご紹介する技術は、とても可能性があるように思います。日本の技術で、水素やメタンガスといった世界の新エネルギーの流通を、画期的に効率化することができるかもしれません。
2021年5月14日付け日経ビジネス電子版に掲載された記事より、
“Atomis(アトミス、京都市)は、約25年前に発表されたノーベル賞候補の材料を取り上げ、事業化に動く京都大学発のスタートアップだ。材料はナノ(ナノは10億分の1)メートルサイズで規則正しく並んだジャングルジムのような構造で、気体を閉じ込めたり取り出したりできる。高効率に工業ガスや水素を持ち運びできるとあって、エネルギーインフラの新機軸になる可能性を秘めている。”
“アトミスの浅利大介CEOは39歳の時、アトミスの前身のスタートアップ創業者で京大の同期だった樋口雅一京大高等研究院特定助教に請われてアトミスに参加した。取り上げたのは、自らも研究してきた「多孔性配位高分子(MOF)」だ。簡単にいえばナノレベルの微細なジャングルジムだ。有機物の分子を鉄筋に、鉄やアルミなど金属イオンを留め具にして立体的に化学合成した材料がMOFだ。ジャングルジムの隙間である穴にはガスなど気体を取り込んで貯蔵したり、分離したりする機能がある。”
“似たような材料に、においを吸着する活性炭などがある。決定的に違うのは、鉄筋である有機分子を自在に合成してジャングルジムを設計できることだ。ナノレベルの微小な穴を整然と規則正しく並べたり形状を変えたりできる。この規則正しく並んだ穴にCO2などのガスや有害物質を効率よく閉じ込めることができるのだ。”
“このMOFは京大特別教授の北川進氏が1997年に発表。その後、ノーベル賞候補となり脚光を浴びた。製造業大手も関心を示し、産学連携も相次いだ。しかし、量産化の難しさとコスト高にはばまれ撤退する企業が続出した。その20年間で、世界で2万種以上の素材が合成されたにもかかわらず、日本での商用化は遅々として進まなかった。だが、温暖化ガスの増加やエネルギーのパラダイムシフトが起きるなか、北川氏の門下生が奮起した。今やアトミスは日本初のMOF材料スタートアップとしてひた走る。高速演算のコンピューターによる合成技術が進展したことも追い風で、2件の特許を取得したほか、6件を出願中で技術力の評価は高い。”
“浅利氏は、ガス産業に狙いを付けた。開発したのは都市ガスが通っていない地域の工場や施設などに配送される産業用ガスボンベを小型化したキューブ状の容器「キュビタン」だ。従来のガスボンベは長さ150cm、横25cmの円筒形だが、キュビタンは29cm角とコンパクト。重さは約5分の1の13kgというからかなり小さくて軽い。炭素繊維強化プラスティック(CFRP)製で、圧力をかけると中に封入した粒状のMOFの穴にガスの気体分子が入り込む。アトミスは穴をナノレベルで規則正しく並べる設計技術を持つため、ガス分子は容器内できちんと整列し、ガスを圧縮して貯蔵できる。コンパクトだが、従来と同じ7立方メートルのガスを閉じ込められる。”
“過疎化と高齢化が同時に進む地方では、重量のあるボンベの持ち運びはガス配送業者にとって負荷が高い。また、ガスをボンベに詰め替える事業会社は日本に1500社あり、その先には90万の事業者が配送を担っている。流通は非効率そのもので全コストの75%を輸送・管理費が占める。アトミスはこの古い流通構造を変え、宅配便のようにキュビタンを受け渡しできるようなインフラ網の構築を狙っている。
さらにキュビタンにセンサーを埋め込み、データを収集し個体ごとに使用量を把握することで、必要なとき、必要な量だけを配送する実証実験を6月に開始する。20203年の商用化を目指している。”
“その先にアトミスが見据えるのは水素社会だ。一般的な高圧ガスは150気圧だが、燃料電池車の水素ガスは700気圧と大幅に高く、超高圧に耐えられるタンクなどインフラコストは膨大だ。水素ステーションの建設には1基3~5億円かかり、インフラ総額は数兆円に達する可能性がある。政府は水素供給インフラの整備に動き出しているが、都市部は水素化できても、それが地方まで及ぶかは未知数だ。コンパクトに水素を貯蔵できるボンベ容器を流通させることができれば、脱炭素の機運を地方でも起こせる。アトミスは2030年をめどにこれまでより水素を4~5倍高密度に閉じ込められるMOFを開発し、都市と地方の脱炭素エネルギー格差の解消に挑む。”
“メタンガスも有益な資源に変換することを検討している。田畑や家畜施設、汚泥処理場から排出されるメタンガスは温室効果がCO2の20倍と非常にやっかいなガスだ。メタンガスを回収しMOFのボンベ技術で流通させられれば家庭用燃料電池など向けの新たなエネルギーになる。”
“新素材の開発から商用化までには長い時間が必要だ。キュビタンはアトミス自前のビジネスだが、同社のMOF技術を用いた素材は大手企業からも注目されている。三井金属鉱業など大手20社との間で共同開発が進んでいる。スタートアップは0から1を生み出し、あとはオープンイノベーションを持ちかけてきたパートナー企業に委ねる。それでも知財を通したライセンス供与で、アトミスは十分に事業継続できると浅利CEOは見込んでいる。アトミスはギリシャ語で「気体」の意味。気体を自在に操るノーベル賞級の技術を掘り起こし、エネルギーの課題解決に挑んでいる。”