号外:「海賊」出光興産、次は再エネ由来の航空燃料
「海賊とよばれた男」(百田尚樹書、2012年講談社より出版)という小説をご存じでしょうか。出光興産創業者である出光佐三氏をモデルとした歴史経済小説で、当時のベストセラーになりました。とても面白い小説で、戦後、「セブンシスターズ」と呼ばれた欧米石油メジャーに対抗し、「民族系」石油元売りとして事業を拡大していく姿には、私も感銘を受けました。石油が燃料として、また化成品の原料として、20世紀の工業化時代を支えてきたことは間違いありません。しかし現在では地球環境保全、温暖化対策を進めるために「脱炭素」が求められています。石油元売りとして事業を営んできた出光興産は、将来に向けて事業を大転換することで生き残りを目指しています。
2023年7月11日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、
“出光興産が脱炭素時代へ生き残りを懸けて、会社を作り変えようとしている。石油や石炭などの主力事業を縮小し、次世代燃料や電池などに1兆円の巨額投資をして柱に育てる。創業者の出光佐三氏は「海賊」と呼ばれ、独自路線でオイルメジャーに挑んだ。乾坤一擲の大勝負で、荒波を乗り越えられるか。”
“2023年1月、出光の次世代燃料担当者課長はチリの最南端まで出向き、世界初の合成燃料の生産プラントを持つHIFグローバルの幹部と向き合った。再生可能エネルギー由来の水素とCO2から造る合成燃料はガソリンよりCO2排出量を最大9割減らせる。電動化が難しい航空機や船舶で脱炭素の「現実解」になるとみて、HIFグローバルには世界中から企業が殺到していた。”
“航空業界が2050年にCO2の排出量実質ゼロを達成するには、世界のジェット燃料の9割の4.5億キロリットルを再生航空燃料(SAF)にする必要がある。合成燃料もジェット燃料に置き換わる有望な燃料として世界から注目が集まっている。出光の燃料油の販売量は年約3500万キロリットル。世界の航空需要を取り込めば、成長につながる。複数回の交渉の結果、出光は5月に世界の企業に先駆けて合成燃料の供給に向けた提携にこぎつけた。HIFグローバルが新プラントを計画するオーストラリアでは出資も検討する。ノウハウを蓄積し、北海道製油所で2020年代後半までに自前で合成燃料の生産を目指す。”
“出光は2019年に昭和シェル石油と統合し、価格競争で疲弊していた業界を安定させ、収益力を高めた。だが、国内のガソリン需要は20年間で約3割減り、先細りは確実だ。危機感を抱く出光は利益に占める化石燃料の比率を2030年度に現在の90%超から50%以下にする目標を掲げた。化石燃料に依存した事業構造を抜本的に変えるため、累計1兆円を投じ、改革を加速させる決断をした。グループ全体の精製能力の約1割を占める山口製油所(山口県山陽小野田市)を2024年3月をメドに停止。一定の収益があった石炭事業の権益も売却したほか、化学品も赤字事業から撤退し、次世代エネルギーに懸けた。”
“合成燃料は大量生産に適しているが、量産化まで時間がかかる。つなぎとして、バイオエタノール由来のSAFの開発にも着手した。廃食油由来のSAFの製造コストは通常のジェット燃料の数倍もする。フィンランドのネステが世界シェア約50%を握り、日本勢は原材料の調達競争に負けている。劣勢の状況に、出光はエタノールに勝機を見いだした。エタノールは米国やブラジルでガソリンに代わる燃料として使われている。航空分野での実用化はまだだが、生産量は豊富で廃食油より調達コストも安い。”
“出光は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と連携し、SAFの大規模な供給網の構築を決断。約500億円を投じ2026年度から千葉事業所(千葉県市原市)で世界初のエタノールによるSAFを製造する。コストは1リットル100円台を実現し、現在の航空燃料に近い水準まで下げる考えだ。出光のガソリン販売のシェアは3割と、5割を持つENEOSとの差が大きい。SAFで国内で最大手の座を確立し、合成燃料が主流となる2030年代で主導権を握る青写真を描く。”
“エタノールの大量確保に向け、社員は世界を飛び回る。ブラジルのサトウキビ農家やエタノール業者を回り、大規模な輸出を見据えて港湾の確保も急ぐ。出光は合成燃料とSAFを軸にアンモニアも強化するほか、電気自動車(EV)の普及に向けて全個体電池用の素材を開発するなど構造改革に着手した。脱炭素への事業転換は容易ではない。先行していた英シェルは6月、化石燃料に回帰する方針を表明。利益に占める再生可能エネルギー比率はなお小さく、液化天然ガス(LNG)など得意とする事業を強化する道を選んだ。出光は空へ舞台を変え、危機を好機に変えられるか。最も需要が見込める航空分野への懸けの成否が、会社の存続に直結する。”