号外:海洋汚染だけではないプラスチック問題

温暖化防止や地球環境保全との関連で、「脱炭素」「脱プラスチック」が求められていますが、プラスチックが温暖化や生物多様性に及ぼす影響については、色々な議論があるようです。プラスチックは(大量生産されて)低コストで物性が安定していて、成形もしやすい非常に便利な材料です。私たちの生活の様々なところで使われています。これを削減する(=脱プラスチック)といっても、そう簡単なことではないでしょう。有効な対策をとるための前提は、プラスチックが持つメリットとデメリットをきちんと評価することですが、その段階ですでに見解が分かれているようです。

2024年3月18日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

“プラステチックの生産や消費が地球温暖化や生物多様性に及ぼす影響を巡り議論を呼んでいる。原料の調達から廃棄までを考慮すると影響は大きいとの報告が出る一方、代替品より問題は少ないとの主張もある。プラスチックを海洋汚染の原因として規制する国際条約が制定される見通しだが、その交渉にも影響しそうだ。”

“プラスチックと気候変動の関係に注目して警鐘を鳴らしたのが、米カリフォルニア州に拠点を置く環境団体パシフィック・エンバイロメントだ。「温暖化防止の国際枠組みであるパリ協定を達成するには2020~50年のプラスチックの累計生産量を見通しより75%以上減らす必要がある」と2023年に報告した。この分析で踏まえたのが「カーボンバジェット(炭素予算)」の考え方だ。気候変動の回避へ将来にわたり排出できる温暖化ガスの許容量を「予算」になぞらえ、こう呼ばれる。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によれば産業革命以降の地球の気温上昇を1.5度以内に抑えるためのCO2のバジェットは4200億~5800億トン。厳しめにみて4000億トンとの推計もある。”

パシフィック・エンバイロメントの報告では原料である石油の採掘からプラスチックの製造、廃棄までのライフサイクルでは1トン当たり5.2トンのCO2を排出するとし、石油化学を含むプラスチック関連産業由来のCO2を推計した。それによるとCO2排出量は2020年の13億トンから2050年には32億トンまで増える。この間の累計は650億トンになり、プラスチック関連産業だけで炭素予算の16%を占有すると推計した。一方で現在、プラスチックがCO2の排出全体に占めるシェアは約4%なので、これを維持するならCO2の許容量は160億トンになる。650億トンからここまで減らすには生産量を75%以上削減する必要があるとするのが主張の論拠だ。”

“これと対立するのが米マッキンゼー・アンド・カンパニーが2022年に公表した報告だ。プラスチックの消費量が多い包装、建設、自動車、繊維、耐久消費財の5分野で、紙や金属、木材などの代替品とCO2排出量を比較した。こちらも原料調達から製造、廃棄、リサイクルまでライフサイクルで分析している。それによると、例えば飲料容器のPET樹脂は代替品のアルミニウムよりCO2排出が半分と少なく、主要な14の用途で大半のプラスチックは代替品より10~90%少ない。報告は「リサイクルや環境への漏洩防止などの重要性は不変だが、プラスチックには他の素材と比べて優位性がある」と結論づけた。”

“パシフィック・エンバイロメントの報告を巡っては、プラスチックのCO2排出シェアを維持するとの前提が妥当かどうか議論があり、マッキンゼーの報告も将来、優れた代替品が登場する余地がある点で課題が残る。だがプラスチックと温暖化を関連づけた分析は関心を集め、今後、重要な論点になりそうだ。

プラスチックが生物多様性に及ぼす影響についても研究報告が相次いでいる。英エコノミスト・グループと日本財団の海洋保全プロジェクト「Back to Blue(バック・トゥ・ブルー)」化学物質による海洋汚染に関する報告書の中でプラスチック汚染に力点を置いた。とくに懸念されるのが、プラスチックの材質や機能の向上のため添加される化学物質による汚染だ。この中には環境中で分解されにくく、生物に蓄積される「残留性有機汚染物質(POPs)」が含まれる。これらが魚介類に蓄積され、食物連鎖を通じて生態系を損ない、ヒトが摂取すると健康に悪影響を及ぼすことが懸念されている。”

“POPsは絶縁材のポリ塩化ビフェニール(PCB)やダイオキシンが知られ、2004年に発効した「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)」で約30種類の製造・使用の全廃が決められている。プラスチック添加剤としても紫外線吸収剤の一種「UV328」に有害性が認められ、2023年に条約の規制対象に追加された。プラスチックごみや微小なマイクロプラスチックで海の生物が死んでいる問題に加え、POPsなどによる「見えない汚染」があることは国連環境計画(UNEP)なども警鐘を鳴らしている。ただ科学的な知見はまだ多くはない。英エコノミストなどの報告でも「海洋の生物多様性は急速に損なわれつつあるが、被害の実態把握が難しい」とし、研究の重要性を訴えた。”

 “これらの議論はプラスチック条約の制定交渉に大きく影響しそうだ。同条約はプラスチックごみによる海の汚染を防ごうと2022年の国連環境総会で策定が決まり、2024年中には条約案をつくる予定だ。政府間の交渉グループが3回にわたり協議を重ねてきたが、主張の隔たりは大きい。国・地域別の削減目標をどのように決めるかに加え、排出だけでなく生産の規制をどうするかが大きな論点だ。温暖化への影響を考慮するなら生産段階からの規制は必須だが、合意は得られていない。プラスチック製品の4割強を占める使い捨て製品の削減・廃絶や焼却処分の見直しなども意見が割れている。

一方でプラスチックが気候変動や生物多様性と密接にかかわることは、海洋汚染防止が主目的の条約では限界があることを示唆している。気候変動枠組み条約や生物多様性条約でも対策を促したり、各条約の隙間を埋めたりする「条約間調整」が必要と指摘する専門家もいる。関係する企業や研究者、消費者らも幅広い視点から議論し、対応を考える必要がある。”

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