中国アパレル改革、AIで生地を高精度に再現

2020年1月9日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より

私は長年、繊維メーカーでテキスタイル(生地)の販売に関係する仕事をしてきました。生地のサンプルを試作し、それを展示会に出品したり、アパレル企業を直接訪問して評価してもらいます。アパレル企業が気に入ってくれた生地については、縫製品見本を作るための生地(数メートル)をアパレル企業へ送り込み、縫製品見本を作ってもらって、縫製品での最終評価をしてもらいます。この仕事の厄介なところは、生地の外観(柄・色目・光沢など)、重さ、柔らかさ、手触りなどをカタログ(紙)やPCの画面では伝えることが難しいので、常に生地の現物サンプルを持参して商談する必要があることです。このため海外出張して複数の顧客を訪問する場合などは、持てる範囲ギリギリまでサンプルを持って移動することになります。結構嵩張りますし、かなりの重量になりますので、体力勝負の側面がありました。アパレル企業側も、実際の生地で縫製品見本を作ってみないと最終評価ができないので、通算するとかなりの時間と手間とコストがかかるプロセスです。しかし、このような(昔ながらの)販売スタイルも今後は変わってゆくのかもしれません。

“衣服に使われる生地の開発費を削減し、生産過程を効率化させるため、中国のスタートアップ「HeartDub」が、生産前の生地をバーチャルで表現する製品を開発した。AIを活用した物理演算エンジンにより、こうした技術を実現したという。”

“2018年に設立された同社の中核技術は、実際の生地の素材データを取得し、AIを搭載した物理演算エンジンで生産をデジタル化するものだ。生地の出来上がりを高精度に再現できるため、アパレル業界における流通過程をデジタル化し、生地の開発・素材選び・サンプル作成などをバーチャル化、オンライン化してゆくことが目標だ。

ハートダブのバーチャルシステム

“現在、同社のプラットフォームは生地データベース、デザインイメージ画像、着用時のシミュレーション画像で構成されている。生地データベースにはさまざまな素材、柄、色が登録されており、これらを自由に組み合わせてデザイン画を作成し、完成品サンプルの作成までを行ってバーチャルモデルに着せることができる。バーチャルモデルには多様な動作が設定されており、さまざまな動きにつれて変化する生地の重量感や表情・動きを確認できる。”

バーチャルで生地を作成するには、先ず実際の生地の物理構造を分析し、取得したデータ指標を物理演算エンジンに入力する。同社が設けたラボでは、一般的な素材の指標体系がすでに構築されている。バーチャル生地が持つ物理的指標はそれぞれ実際の生地のものと対応しており、テクスチャーや重み、着用時の動きなどを高精度に再現できる。

“同社の主な取引先は生地メーカーとファッションブランドだ。生地メーカーは開発した生地をソフトウェアにアップロードし、ファッションブランドはその質感や柄、デザインとの組み合わせをオンラインで調整し、バーチャルモデルによる着用後のイメージを確認した上で生地の仕入れを決定する。

縫製品サンプルを作成するためには生地が必要です。これはバーチャルであっても同じことです。「HeartDub」のシステムでは、実際に生地メーカーが開発した生地の物理的な素材データを指標化して取り込み、縫製品になった時の仕上がり具合や着用時の動きなどを再現しています。また実際の生地で作った実際の縫製品から得られる基本特性データも活用していると思われます。生地の場合、物理的特性データ(重さや柔らかさなど)を指標化して、出来上がった縫製品を着用した場合の動きを再現したり、基本生地データから柄や色目を調整することは可能だと思いますが、それ以外の感性的特性(外観、光沢、透け感、手触り、着心地など)をバーチャルで再現するには限界があるように思います。また「バーチャル生地が持つ物理的指標はそれぞれの実際の生地のものと対応している」とあるように、新しい生地の開発をバーチャル化することを、少なくとも現時点では、想定してはいないと思います。これを実現するためには「糸」と「織り方、編み方」に遡ったデータベースが必要になり、膨大な作業になります。

とは言うものの、色々な制約はあるでしょうが、このようなシステムが実用化され、バーチャルで生地素材や縫製品企画の絞り込みが可能になれば、従来と比較して生地メーカーとアパレル企業での作業を大幅に効率化(時間、手間、コスト)できるでしょう。絞り込んだうえで、最終的には現物で確認することもできます。ファッション産業にとって、すべてのプロセスで「できるだけ無駄を省く」ということは、ファッション産業がサステイナブルに継続してゆくための必須条件です。

「HeartDub」の技術チームは2013年にシアトルで立ち上げられ、メンバーはいずれもマサチューセッツ工科大学の出身で、OS(基本ソフトウェア)、半導体チップ、臨床医学など多岐にわたる分野を手掛けてきたそうです。長い歴史のあるアパレル業界ですが、AIなどの最新技術を使って既存のビジネスモデルをサステイナブルに変革してゆく余地は、大いにあると感じています。

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