号外:脱炭素のカギを握る中国、先進国化とゼロカーボンの両立を
2020年1月16日付け日経ビジネス電子版に掲載されたアディール・ターナー卿(現在は投資家ジョージ・ソロス氏が設立した新経済思考研究所のシニアフェロー)の寄稿が非常に示唆に富んでいましたので紹介させていただきます。
“2015年にパリで開催された第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)では、196ヶ国が「2度目標」に合意した。世界の平均気温上昇を、産業革命前から2度以内に抑える。しかし、世界で排出される温室効果ガスは増え続けている。大気中のCO2濃度は過去80万年で最も高い。現状の対策では、2100年までに気温上昇が約3度に達するだろう。”
“一方、この10年における技術進歩には目を見張るものがある。温室効果ガスを削減するのにかかるコストは非常に小さくなった。10年前には望むことさえできなかったレベルだ。発電コストは太陽光で80%以上、風力で70%以上下がった。リチウムイオン電池のコストは、2010年には1キロワット時(kWh)当たり1000ドルかかっていた。今では同160ドル(約1万8000円)ですむ。これらの技術革新のおかげで、総電力の85%を各種再生可能エネルギーでまかなえば、化石燃料ベースのエネルギーシステムと十分に張り合えるコストで、CO2排出量を実質ゼロにする「ゼロカーボン」を実現できる。”
“英国の気候変動委員会は2019年5月、次の試算を発表した。英国が2050年までにゼロカーボン経済を実現した場合、2050年のGDP(国内総生産)はそうしなかった場合よりせいぜい1~2%小さくなるにすぎない。脱炭素化のコストが下がり、気候変動リスクへの意識が高まるにつれ、2050年までにCO2排出量を実質ゼロにするという目標達成可能性とその必要性に注目が集まってきた。英国は2019年7月に、この目標達成を法制化した。欧州連合(EU)加盟国も同12月に同じ目標で合意した。”
“パリ協定で合意された目標を達成するには、すべての先進国が21世紀半ば頃までにゼロカーボンを実現する必要がある。そして、この目標は各国の国民の生活水準に与える負担を最低限に抑えつつ達成することが可能なのだ。”
“中国もまた、同様の努力をしなければならない。中国は現在、気候変動に関する会議の席では「途上国」の立場で交渉に臨もうとする。中国の1人当たりGDPは約1万8000ドル(約200万円)で、EU平均の40%程度にすぎないという理由だ。しかし中国政府は、2050年までに「完全な先進富裕国」になり、1人当たりGDPを現在のEUのどの国よりも高くするとの大きな目標を掲げる。中国の労働力、インフラ、経営の質と多くの分野で技術的主導権を強めていることを考えると、この目標は完全に達成することが可能だ。そこで、中国がいかに早くCO2排出量を削減するかが非常に重要になる。中国のCO2排出量は現在、世界の総排出量の30%近くを占める。つまり、中国が2050年までに大幅な排出削減をしない限り、欧州の削減率が80%でも100%でも、温暖化のペースは変わらない。”
中国は2050年までに、完全な先進国だけでなくゼロカーボンも目指すべきである。そのためには巨額の投資が必要になる。中国国民の生活水準を高め、交通や暖房、産業の電化を進めるためには、風力発電と太陽光発電への年間投資額を3倍に増やさなければならない。それでも、これは中国にとって大きなコストではない。環境NGOのエネルギー・トランジションズ・コミッションが最近の報告書で指摘しているように、発電量を大幅に拡大し、送配電や蓄電池にさらなる投資をしても、中国が必要とする投資の増分はGDPの1%にも満たないのだ。また、このコストが30年後の中国のGDP、ひいては消費者の生活水準に及ぼす総合的影響は、やはりわずか1%程度だろう。さらに、1%よりずっと小さくなる可能性もある。ゼロカーボンの目標を掲げれば技術の進歩が促され、生産性も向上するからだ。”
“COP25が不調に終わったため、英国のグラスゴーで2020年に開催されるCOP26の見通しに注目が集まる。各国政府は、「負荷分担」を巡り不毛な議論を繰り広げるのではなく、ゼロカーボンの世界経済がもたらす大きな恩恵にこそ注目すべきだ。先進諸国および急速に発展する中国は、自国経済にかかる負担がごく小さいことを強く信じて、2050年までに排出量を実質ゼロにする目標を達成すべく、それぞれ努力する必要がある。また、発展途上国も、先進国が排出量削減進歩させ脱炭素化のコストがいずれ下がることを信じて、10年遅れで同じ目標を達成すべく努力すべきだ。”
“先進国も途上国も、「低所得国において再生可能エネルギーに大規模な投資をするにはどうしたらいいか」という世界的に重要な問題に注意を向ける必要がある。特にアフリカ諸国に当てはまる問題だ。同地は、太陽資源が世界で最も豊富な地域でありながら、その発電能力の1%未満しか利用されていない。2020年に予定されるCOP26でこれらの大きな可能性や課題にうまく取り組めたなら、2020年代は、気候変動との戦いにおいて我々が勝利に向けて踏み出す10年となるかもしれない。”
気候変動は地球全体の環境問題ですから、その対策のためには世界全体で協力しなければなりません。しかし現実には、気候変動対策(温室効果ガス削減)にかかる負担の分担を巡って各国の足並みは揃わず、その調整に時間を費やし、必要な対策の遅れが懸念されています。時間が経過すれば状況が悪化し、状況が悪化すればその対策により膨大な労力が必要になることは明らかです。ターナー卿によれば、ここ10年の技術革新により、温室効果ガスを削減するコストは大幅に低下し、総電力の85%を各種再生可能エネルギーに切り替えれば、化石燃料ベースのエネルギーシステムと十分に張り合えるコストで「ゼロカーボン」を実現できるとのことです。しかもそのための負担は、英国や中国の場合、将来的にはGDPの1%程度で賄えるという試算です(あくまでも試算ではありますが)。英国では2050年までにゼロカーボン社会を実現する目標が法制化され、EUも同じ目標で合意しました。温暖化対策は可能なのですから、あとは実行するか、しないかという問題です。実行しなければ、今より荒廃した地球(生活環境)を次の世代に引き継ぐことになります。
さて、わが日本はどのような道筋を採るのでしょうか。欧州では、温暖化対策を「必要な負担」と考えるだけではなく、技術革新のための好機ととらえ、その技術で先行することで新たなビジネスチャンスを得ようとしています。ポジティブにしたたかに温暖化対策を進めています。日本も遅れることなく、持っている技術とノウハウを発揮して、世界に貢献してゆくべきと思います。