号外:新型コロナウイルス感染症と大気汚染の関係

汚れた空気を吸っていれば、呼吸器系疾患にかかるリスクが高くなり、重症化する可能性が高まることは、私たちにも理解できます。今回の新型コロナウイルス感染症によるパンデミックは、私たちがそのことを再認識する機会でもあります。

2020年4月11日付けNational Geographic Japanに掲載された記事より、

“世界中で猛威をふるう新型コロナウイルスは、医療崩壊から極端な貧富の格差まで、現代社会の弱点を突きながら拡散している。しかし、大気汚染がパンデミック(世界的な大流行)を悪化させた一方、そのおかげで、一時的でも空がきれいになっている。

“米ハーバード大学公衆衛生大学院の研究者が、PM2.5と呼ばれる微粒子状の大気汚染物質を長年吸い込んできた人は、新型コロナウイルス感染症による死亡率が大幅に高くなるという論文を公開した。研究者らは、米国の人口の98%をカバーする約3000の郡について、大気中のPM2.5の濃度と新型コロナウイルス感染症による死者数を分析した。すると、PM2.5の濃度が1立方メートルあたり平均わずか1マイクログラム高いだけで、その死亡率(人口当たりの死者数)が15%も高かった。”

汚染された大気を吸ってきた人が新型コロナウイルス感染症にかかったら、ガソリンに火をつけるようなものだという。PM2.5は体の奥深くまで侵入して高血圧、呼吸器障害、糖尿病を悪化させる。こうした既往症は新型コロナウイルス感染症を重症化させる。また、PM2.5は免疫系を弱体化させたり、肺や気道の炎症を引き起こしたりして、感染や重症化のリスクを高める。”

“人々が過去に吸い込んだ大気汚染物質が健康被害を大きくしている一方、広範囲で人間の活動が制限され、一時的に空気がきれいになっている。それは、私たちがパンデミック後の世界を立て直すうえで大切なことを教えてくれる。ほとんどの人は大気汚染に慣れきっていて、ずっと空気がきれいな世界など考えもしないだろう。もちろん、大気汚染を軽減するために、普段の暮らしや経済活動をほぼストップさせるのは名案ではない。だが、きれいな空気を味わってその価値を知るひとときは、今回のパンデミックの日々を「きれいな空気には特別な何かがある」と人々が言い始める転換点にする可能性がある。”

“ウイルスの広がりを遅らせるためのロックダウン(都市封鎖)は、企業活動を停止させ、数十億人を自宅にこもらせた。その結果、中国の湖北省からイタリア北部の工業地帯まで、世界各地の大気汚染レベルが急激に低下した。世界最悪レベルの大気汚染に悩むインドでは、今回のロックダウンで「初めて家からヒマラヤ山脈が見えた」という報告が聞かれるようになった。普段は大気汚染が深刻なデリーでは、PM2.5濃度と二酸化窒素濃度がいずれも70%以上も低下した。”

“今回の大気汚染の緩和は一時的なものにとどまるだろう。長期的にきれいな空気を取り戻すために必要なのは、莫大な経済的犠牲を払って人々の外出を禁じることではなく、クリーンなエネルギーと輸送手段への転換だ。パンデミックがもたらした「きれいな空」は、私たちが化石燃料の使用を止めれば、どれほど速やかに大気汚染を軽減できるかを見せてくれた。

“パンデミックがもたらした「きれいな空」はいつまでも続くものではない。工場が再開し、人々が車で移動するようになれば、汚染物質の排出量は普段のレベルに戻るだろう。経済が不調をきたすと、政府はしばしば健康を守るための規制を弱めようとする。米環境保護局は、今回のパンデミックを理由に、汚染への規制を停止することを決定した。オバマ政権時代に導入された野心的な自動車の燃費基準をトランプ政権は緩和し、その他の規制についても同様の措置を検討している。”

新型コロナウイルス感染症と大気汚染の関係についての考察です。長年の大気汚染、そして人体に蓄積された汚染物質は感染症を悪化させ、重篤な患者や死者を増やします。感染症の拡大を抑えるために広範囲に人間の活動が制限され、その結果として大気汚染が大幅に改善されています。人々は、決して意図したわけではありませんが、どうすれば「きれいな空」を取り戻せるのかを知りました。しかもそれが比較的短期間で可能なこともわかりました。もちろん今回のパンデミック対策のようなことを頻繁に行うことはできません。しかし感染症を克服した後の世界を考えるうえでのヒントになります。感染症の拡大と行動制限によって世界経済は大きなダメージを受けています。感染症対策を進め、感染症を抑制し、やがて克服してゆく過程で、経済も立て直してゆかねばなりません。その際に、経済復興を急ぐあまり、ただ単純にコロナウイルス感染症の前の状態、すなわち大気汚染が慢性化した状態に戻してはならないと思います。私たちは、大気汚染のない世界をどのようにすれば作れるのかを知っています。クリーンなエネルギーと輸送手段を使って大気汚染を緩和することは、地球温暖化対策にもつながります。感染症を克服することは、持続可能社会として生活と経済を再生する機会にもなり得ると思います。

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