号外:生物多様性から見た新型コロナ・パンデミック②:生物多様性が失われることの意味

皆さんは「生態系サービス」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。私たちは、「生態系サービス」によって私たちの日々の生活が支えられていることを、十分に理解、認識してこなかったように思います。生態系が危機に瀕しているということは、私たちの生活が危機に瀕していることにつながっています。また経済効率を優先したグローバルなサプライチェーンの脆弱性も明らかになりました。効率性(無駄を無くすこと)と供給リスクのバランスについて、もう一度考えてみる必要があります。

2020年5月18日付けSustainable Bland Japanに掲載された記事より、

“生物多様性は言葉としては聞いたことがあっても、何が問題なのか、特に企業が何にどう取り組んだらいいのか、日本ではあまり理解されていないように思います。絶滅に瀕した珍しい動植物を守る運動だと考える方も多いかもしれませんが、それは半分正解、半分間違いです。”

“もちろん絶滅危惧種の保全も大きな課題ではあるのですが、今考えたいのは、そもそもなぜ生物種を絶滅させてはいけないかです。それは決して倫理的な理由や甘酸っぱいノスタルジーからではありません。この20年間、生態系が私たち人間に提供するさまざまな機能の研究が進みました。「生態系サービス」と総称されるさまざまな機能は、食糧や木材の供給、二酸化炭素の吸収や水源の涵養など多岐に渡り、私たちの日々の生活、日々の経済活動のほとんどすべてが生態系サービスによって支えられていると言っても過言ではありません。その価値を金銭換算すると、世界のGDPの少なくとも2倍になることまで分かっています。ただし、この試算は生態系サービスのごく一部を測っているに過ぎません。実際には生態系サービスにはその何倍もの価値があり、それが私たちの生活や経済を支えているのです。”

それだけ重要な機能であるにも関わらず、生態系やそれを構成する生物種が傷つけられ、その速度は年々加速しており、今や世界で100万種以上、既知の生物の4分の1が絶滅の危機に瀕している(*)ことが明らかになっています。昨年5月のG7環境相会合では、この世界的な危機に立ち向かうために「生物多様性憲章」も採択されました。世界の経済リーダーもこの事実に気づき、そのことを深刻に捉え、行動を開始しています。その矢先に新型コロナ・パンデミックが発生してしまいました。”

(*)「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学・政策プラットフォーム(IPBES)(2019)

“例えばその行動計画の1つに、世界中で新たな森林破壊を2030年までにゼロにしようというものがあります。自社が直接的に関わることはもちろん、原材料の調達にあたってサプライチェーン上で起きる森林破壊もゼロにするという、「森林破壊ゼロ」を宣言する企業が世界的に増えています。森林破壊を行わず、できれば逆に森林面積を増やすことは、二酸化炭素の吸収を増やして気候変動を緩和するためにも役立ちます。生物多様性の保全と一石二鳥であるとして、賛同する企業が増えています。そして今回あらためて認識されるようになったのが、森林破壊、特に原生林をこれ以上破壊しないようにすることは、貴重な生物種を保全するだけでなく、野生生物種と人間の接点を減らし、野生動物を宿主とするウイルスが人間社会に出てこないようにするためにも役立つということです。

“今回の新型コロナ・パンデミックから学ぶべきことはたくさんあります。あまりにも野放図に経済活動が拡大し、生態系を破壊し、大量の人やモノが高速で世界中を移動する。そうしたことがこのウイルスの蔓延を加速し、パンデミックを引き起こしたことは明らかです。つまり今の経済活動のあり方そのものが、今回のパンデミックの根本の原因なのです。

“それに加えて、問題を複雑化、深刻化させたのもやはり現在のグローバル経済のあり方です。なぜなら、サプライチェーンを世界中に長く伸ばすことで、私たちは地球の反対側から安いものをいつでも大量に入手することができるようになりました。しかしそのサプライチェーンのどこか一か所で問題が起きると、今まで普通に使っていたものが、そして今一番必要なものが、入手できなくなってしまうのです。今回で言えば、マスクも消毒液のボトルもそうでしょう。今後最悪のシナリオとしては、食糧の供給も不足するかもしれません。平時であれば海外から輸入した方が安かったわけですが、いざサプライチェーンが機能しなくなると、私たちは食べるものすら失ってしまうのです。”

“またいくつかの必需品が不足したことは、ジャストインタイムに代表されるような、在庫を極限まで減らすサプライチェーンの管理方法にも原因があるでしょう。平時であればそれが最もコストを安く抑えるやり方であり、効率的な操業になるのでしょう。しかし「遊び」がまったくなければ、サプライチェーンのどこかで問題が起きると、その途端に生産は停止してしまいます。驚くことにこうした最適化は部品の在庫だけでなく、病院のベッド数や医療器具の数についても行われていました。普段よりも入院患者が増え、人工呼吸の必要な数が増えると、あっという間に病院は対処できなくなり、医療崩壊が起きてしまいます。こうしたことを見ると、無駄を無くすために良いといわれていたことが、かえって私たちの首をしめていることがわかります。リスクをヘッジするためには、その無駄が必要なのです。

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