アパレル業界のデジタルシフトが遅れた理由

ファッションビジネス、アパレル業界ではデジタル化が遅れたと言われています。その背景を分析した記事ですが、私のような古株には耳が痛い話が色々あります。記事の中で説明されていますが、「アパレルは着てみないと選べない」という思い込みは、一部のファッション好き特有の感覚であり、ファッションにさほど関心がない層はデジタルの利便性に軍配を上げていたという分析や、「モノと情報が一体となって」閉鎖的に希少価値を持って動いていく業界のシステムが、デジタル化によって情報伝達がオープンになり、閉鎖的な状況で成立していた価値がなくなってしまったという指摘は、本質を突いているように思います。アパレル業界の再生は、「消費者にとって価値のある新しいファッションとは何か?市場の中で自社の特徴はどこにあるのか?」を再定義するところから始まるように思えます。

2020年11月2日付け日経クロストレンド電子版に掲載された記事より、

“ファストファッションの雄「ZARA」などを展開するインデックスが2020年6月、一気呵成にデジタルシフトを進める方針を打ち出した。2022年までに実施する27億ユーロ(約3286億円)の投資のうち10億ユーロ(約1217億円)をデジタルに振り分ける。世界で約7400あるリアル店舗を2021年中に約6700~6900まで減らすという。リアル店舗とオンラインの連動など以前から進めてきたデジタルシフトを、明快なプランに基づいて戦略的かつ猛スピードで実践してゆく。巨体であるにもかかわらず、経営判断と実践が俊敏。業界のリーダー的存在であるのもうなずける。”

“一方、「欲しいときに欲しいものを手に入れたい」消費者は、コロナ禍が起きるずいぶん前から買い物の中心をECにシフトしていた。「なぜリアル店舗で買い物をするのか」「ECにはないリアル店舗の価値とは何なのか」を見極め、デジタルとリアルを使い分けるようになっていたのだ。もはや「リアルありきのデジタル」でなく、「デジタルありきのリアル」と言えるほど、リアルとデジタルの位置づけは逆転した。ZARAのデジタルシフト戦略はこの潮流を真正面から受け止め、取り込んでいく動きに他ならない。”

世の中のデジタルシフトが急激に進んでいるのに、日本のアパレル業界の動きは鈍かった。大手企業ほど「リアルありき」という固定観念が強く、経営陣のデジタルへの理解が薄いため、判断と実行が進まなかった。それがコロナ禍で状況が一変。緊急事態宣言でリアル店舗を閉めざるを得なくなり、ECがメインチャネルとなったのだ。必要性を薄々感じていながら「まだ急がなくても」と決断に踏み切れなかったマネジメント層が重い腰を上げた。後はそれが実践できるかどうかだ。”

“EC強化といっても、単に売り場を作ればいいだけの話ではない。ECとリアルを関連づけることでファンを増やし、ブランド自体の価値を上げていくこと。あるいはデジタル化で得られる新たな顧客データを商品企画や販売計画に生かすことなど、全体としての戦略を描く必要がある。デジタルはあくまで手段であり、業界の悪しき習慣を乗り越え、前に進むことこそが求められている。

アパレル業界は時代の流れに敏感なはずなのに、なぜもっと早く手を打てなかったのか。その理由のひとつは、「アパレルは着てみないと」「対面接客でないと売れない」といった「リアルありき」という先入観が根強かったことだ。フィット感や質感などが確かめられる点でリアルの優位性は揺るがないという思い込みがあったのだ。ただし、それはファッション好き特有の感覚であり、若い世代やファッションにさほど関心がない層は、デジタルの利便性に軍配を上げていた。にもかかわらず、マネジメント層は自身の成功体験からデジタルシフトの判断と実行ができなかった。これが実態だと思われる。”

“もうひとつ、アパレル業界のデジタル化が遅れた理由は、業界特有の「トップダウン型の情報伝達」にある。それを象徴しているのがファッショントレンドの存在だろう。アパレル業界では店頭に並ぶ約1年半前にトレンドセッターがトレンド情報(色・素材・シルエットなどにまつわる流行情報)を発信し、それに基づいて糸や布のメーカーは素材を作り、約1年前に布の展示会が行われる。デザイナーがこれらの布を服にし、約半年前にコレクションショーで発表。限られたジャーナリストとバイヤーだけに披露されたコレクションの情報は希少価値を持ち、雑誌や新聞などを通して消費者に伝わる。川上から川下へ「モノと情報が一体となって動いていくシステム」が出来上がっているのだ。”

“さらに、この「業界から消費者へ」という情報伝達経路は、閉鎖的であることが価値を持っていた。限られた人だけがアクセスできる特別感が憧れを誘い、ファッションの価値を高めていたのだ。しかしデジタル化の波は、それをオープンなものにしてしまった。今はコレクション発表と同時に一般消費者がその内容を知ることができる。情報伝達がオープンになれば、閉鎖的な状況で成立してきた価値はなくなる。ということは、従来型の「モノと情報が一体となって動いていくシステム」を見直さなければならないということだ。”

デジタルシフトはそれ自体に意味があるのではなく、何がデジタルの価値で、何がリアルの価値であるかを問い、そのうえで新しい価値を築いていくことに意義がある。リアルでないと価値が生まれない領域はリアルが担っていくが、そうでない領域はデジタルが担っていく。そうなると、リアルだからできることは何か、自社だからできることは何かを洗い出し、明快に伝えることが重要になる。”

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