号外:原発燃料の脱ロシア難航、エネルギー安全保障のリスクに
これについて私は全く知りませんでした。これは相当に悩ましい問題です。脱炭素とエネルギーの安定供給を両立させるためのひとつの方法として、CO2を排出しない原子力発電が改めて注目されています。しかし原発を稼働させる燃料である濃縮ウランの製造で、ロシアが世界で最大のシェアを持っているのです。石油や天然ガスといった化石燃料については、使用量の削減(脱炭素)と伴に、欧米各国は脱ロシアを進めています。再生可能エネルギーの利用拡大だけでエネルギーの安定供給が、少なくとも短・中期的に難しい場合には、既存技術である原子力発電を再拡大する可能性もあります。しかしその場合にもロシアの影響力を無視するわけにはいかないようです。
2022年7月18日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、
”石油や天然ガスなどロシア産の資源離れを米欧が進める中、原子力発電で脱ロシアが難航している。米欧は燃料となるウラン製品の2割ほどをロシアに頼る。ロシア企業は濃縮ウランにする工程で4割のシェアを持つ首位で、ウクライナ侵攻への制裁を巡る交渉カードにもなりかねない。脱炭素で活用が広がる原発がエネルギー安全保障のリスクになりつつある。”
”原発はウランを燃料に使う。鉱山で採掘された天然ウランを3~5年かけて様々な処理をして燃料にする。その中でチョークポイント(急所)とされるのが「濃縮」の工程だ。ロシア国営原子力企業のロスアトムによると、2020年の濃縮サービスの世界市場は同社が36%のシェアを占めた。2位のウレンコ(本社・英国)が30%、仏オラノが14%、中国勢が12%だったという。”
”米エネルギー情報局(EIA)によると2020年に米国が調達したウラン製品のうち、カナダとカザフスタンがそれぞれ22%、ロシアは16%と3位だった。米国政府は既にロシア産の化石燃料の輸入を禁止したが、ウランは制裁対象にしていない。ロイター通信によるとグランホルム米エネルギー長官は5月に「ロシアにこれ以上資金を送るべきではない」との見解を示した。”
”米国はウランの安定供給を確保するための戦略を策定中で脱ロシアを進めようとしている。原発関連事業を手掛ける米セントラス・エナジーは米原子力規制委員会の許可を得て、2022年中に最大濃縮度20%のウラン燃料の製造開始を目指している。ただ、当面は対応が間に合わないため日本の貢献が期待されている。5月の日米首脳会談の共同声明には「ウラン燃料を含む、より強靭な原子力サプライチェーン(供給網)で協力する」と盛り込まれた。日本政府関係者によると米国側が明記を求めたという。”
”日本の電力会社が抱えるウラン製品の在庫を米側に売ることなどを想定する。日本は原発の再稼働が遅れているため在庫が潤沢なうえ、もともと燃料のロシア依存度が低い。現在は安全審査中だが、青森県六ケ所村の濃縮工場で加工もできる。米国は1979年のスリーマイル島の事故以降、原子力産業が衰退して濃縮工程も海外に頼るようになり、その価格競争力を失った。ウラン自体は世界に豊富にあるが、冷戦終結前後から旧ソ連諸国の安い濃縮ウランに依存してきた。”
”ロシア産の濃縮ウランはウクライナ侵攻前から米議会で問題視されていた。2019年、共和党上院議員のジョン・バラッソ環境・公共事業委員長(当時)は「ロシアへの過度な依存は脅威だ」との声明を出した。米国とロシアは2020年にロスアトムによる濃縮ウランの輸出を減らすことに合意していた。ただ、その実現が一気には進まない中でウクライナ侵攻が起こり、ロシア依存の深刻度が増すことになった。”
”欧州連合(EU)も2020年に調達したウランの20%がロシア産だった。ロスアトムの濃縮サービスも料金の安さから利用しているとみられている。ロシア産の原子炉を使う東欧では燃料もロシア産とされ、すぐに代替するのは難しい。脱炭素を目指すうえで、発電時にCO2がほぼ出ない原発を英国やフランス、米国は再評価し、相次ぎ建設計画を公表している。今後は燃料の安定調達が避けて通れない課題となる。”
”日本エネルギー経済研究所の横田恵美理主任研究員は「日本では原発の再稼働が遅れ、燃料分野の供給網も弱体化している」と指摘する。「六ケ所村の工場が運転できるようになれば国内外の供給網の強化につながる」と話す。ただ六ケ所村の工場では2017年には内部のダクトが腐食するなどトラブルが発生した。原子力規制委員会が進める安全対策工事計画の審査への対応が遅れており、計画通りに稼働できていない。”
<ウラン濃縮とは>
鉱山から採れる天然ウランを原発の燃料として使えるよう濃縮する工程のこと。天然ウランには、中性子をぶつけると核分裂して熱エネルギーを放出するウラン235と、核分裂しにくいウラン238がある。ウラン235の含有率はもともと0.7%程度しかないため、濃縮によって割合を3~5%程度に高めている。作業には遠心分離機などが使われる。濃縮されたウランは粉末状にされ、焼き固めて「ペレット」にし、金属管につめて束にする。燃料集合体の形に整えて原子炉の炉心に入れ、発電の燃料として使う。”