号外:安全保障と一体化する脱炭素

2022年12月8日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

世界で脱炭素と安全保障の一体化が加速している。米国は新たな電気自動車(EV)購入支援策で、北米での組み立てや部材調達を優遇する。欧州連合(EU)は水素の製造能力を10倍に引き上げる。ともにロシアや中国との対立を踏まえた経済安全保障政策でもあることで、国内や域内の合意につながった。”

「ロシアの戦争は、世界を化石燃料依存から脱却させる緊急性を高めただけだ」。11月にエジプトで開かれた第27回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP27)で、米国のバイデン大統領がこう演説すると会場から大きな拍手が起こった。実際、ウクライナ戦争が始まってから脱化石燃料に向けた動きが加速している。国際エネルギー機関(IEA)は10月、2022年に再生可能エネルギー発電容量の伸び率が20%になるとの予測を示した。5月時点の8%から大幅に引き上げた。”

“バイデン氏は今夏成立にこぎつけた歳出・歳入法(インフレ抑制法)にも触れて「わが国の歴史上最大かつ最も重要な気候変動法だ」と自賛した。同法はEVなどのゼロエミッション車(ZEV)や再生可能エネルギーの普及を後押しする税控除、補助金などの政策を盛り込んでいる。同法はバイデン氏が大統領選で公約したグリーン政策の実現をめざす「ビルド・バック・ベター法案」が元となった。法案には雇用拡大に貢献するとして、EVの国内生産を後押しすることが盛り込まれていた。”

2022年に入ってウクライナ危機が起き、中国に車載電池用部材を依存することへの危機感も高まった。気候変動対策の財政支出に反対していた民主党保守派の重鎮、マンチン上院議員も、国内生産の拡大が「米国の安全保障に寄与する」と理解を示した。安全保障や国益が前面に出たことで支持が広がり、成立につながった。脱炭素と安全保障の「一石二鳥」に見える政策は新たな摩擦も生んだ。「重大な懸念がある。すべてのEVを差別なく補助対象にすべきだ」。北米での生産や調達を優遇する内容に韓国から反発の声が上がった。ユン・ソンニョル大統領はバイデン氏に是正を求めた。フランスのマクロン大統領も同様の懸念を伝達すると、バイデン氏は12月1日に「微調整が可能だ」と応じた。西側各国の懸念に耳を傾ける姿勢を示しながらも、国内生産の拡大をめざす姿勢に大きな変化はない。

EUの欧州委員会は5月、水素の生産に必要な電解槽装置の製造業者など20社の最高経営責任者(CEO)らと生産拡大に向けて合意した。製造能力を10倍とする目標を掲げた。水素がCO2を排出しない一方、熱量も高いことからロシア産の化石燃料の代替として期待を寄せる。これまで化石燃料への依存度が高かった東欧諸国はEUの急進的な温暖化ガス削減計画に反対する場面が多かった。ところが5月にEUがまとめた再生可能エネルギーの大幅拡大を柱とする「リパワーEU」にはすぐ同調した。各国がエネルギーのロシア依存脱却にかじを切ったことが影響したとみられ、ポーランドは洋上風力発電に注力し始めた。

“パリ協定を採択したCOP21で議長国フランスの気候変動交渉担当大臣を務めた欧州気候財団のローレンス・トゥビアナ最高経営責任者(CEO)は「欧州のグリーン政策は単に気候対策ではなく、安全保障の確保に必要な手段となった」と分析する。

日本の動きは鈍い。政府のGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議でも、ウクライナ危機を踏まえて再生可能エネルギーの普及をさらに加速させようという議論は乏しい。原子力発電所の再稼働に向けた取り組みも滞り、EVの普及率は欧米や中国に大きく見劣りする。岸田文雄首相はCOP27に出席せず、西村明宏環境相は合意案の採決前に帰国する始末だった。”

“ウクライナ戦争が長引くと同時に、世界各地では気候変動が要因となった災害が相次いでいる。温暖化ガスを排出し続けてきた先進国に対し、被害の広がる新興国が向ける視線は厳しさを増している。脱炭素と安全保障の一体化は、気候変動対策の必要とウクライナ危機や米中対立が重なったことで進んだ。その「偶然の産物」が米国のEV補助や再生可能エネルギー拡大のような政策を加速させたことに目を向ける必要がある。”

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