繊維・ファッション産業の再構築、「新しい素材」の可能性(私見)

国連によると昨年、世界の人口は80億人を突破しました。今世紀末には100億人を超えると見通されています。衣類は私たちの生活に密着した必需品ですが、人口が増加すれば、まず必要になるのは水と食料です。その水と食料を確保するためにも、地球環境を保全し、各産業は環境負荷を低減して事業を再構築することが求められます。繊維・ファッション産業も例外ではありません。

繊維・ファッション産業は環境負荷が高い産業だと言われています。下記は、「環境省令和2年度ファッションと環境に関する調査」や「UNECE:国連欧州経済委員会資料(2018年)」、「Cotton 2040の資料」などからの引用です。繊維・ファッション産業からのCO2排出量は、世界の総排出量の8~10%を占め、世界の航空業界+海運業界からの排出量よりも多いといわれています。また昨今はサプライチェーン上の人権問題も指摘されています。

「世界の主要繊維生産量(2017年、化繊協会)」にあるように、世界の繊維生産量はおよそ9400万トン/年。そのうち約66%が石油由来の合成繊維で占められています。繊維・ファッション産業が環境負荷を低減し地球温暖化対策に貢献するためには、「脱炭素」・「脱プラスティック」、すなわち石油由来合成繊維の使用量を抑制し、可能な限り代替素材に切り替えることが大きなテーマになります。しかし人口増加に対応した水と食料の確保を考えれば、綿やウール等の天然繊維を今以上に増産することは困難でしょう。したがって、必要な繊維需要を満たすためには「新しい素材」が必要になります。この「新しい素材」やこれからの繊維・ファッション産業の在り方を考える上では、2022年に発表された「EUテキスタイル戦略」がひとつの方向性を示しています。

この中で素材にとって重要なポイントは、「生産者は製品ライフサイクル後も含めたバリューチェーン全体に責任を持つ」、「繊維エコシステムが循環型になり繊維の焼却や埋め立てを最小に抑え、繊維to繊維のリサイクルを実現」という点です。生産者は使用後の繊維製品をどのように取り扱うのかについて責任を負い、「繊維to繊維」のリサイクルを実現して産業全体を循環型産業に移行させねばならないということです。さてそれでは、繊維・ファッション産業を再構築するためには、どのような「新しい素材」が必要なのでしょうか。

私見ですが、現在開発途上にあるPLA(Poly Lactic Acid、ポリ乳酸)には、石油由来合成繊維の代替素材としての可能性があると思います。PLAは原材料が100%植物由来(トウモロコシやサトウキビ等)の熱可塑性プラスティックで、これを繊維化することができます。またPLAは特定の条件下(畜産堆肥中等)で加水分解と微生物の代謝によって水(H2O)とCO2に生分解されます。素材としては2000年代から実用化が始まりましたが、当初は耐久性や耐熱性が十分でなく、また染色性に難があり、非常に限られた用途での展開でした。世界の主な生産者は、Nature Works(アメリカ),Total Energies Corbion(オランダ、タイ)、安徽豊原生物材料(中国)などです。しかし近年、耐久性、耐熱性、染色性を向上させる植物由来の改質剤が開発され、これから実用化の幅が広がっていくことが期待されています。

現在のPLA繊維の特長を下記します。

①100%植物由来でカーボンニュートラルな合成繊維(石油由来合成繊維の代替素材)

②原料・繊維製造段階で石油由来合成繊維(ポリエステル繊維)よりCO2排出量が少ない

③植物由来の改質剤によって従来PLA繊維に比べて耐久性、耐熱性、染色性が向上し、加工性、実用性が向上

④食料生産と競合しない植物廃棄物、非可食植物からの合成が可能(開発段階)

⑤生分解性を有しており、使用後のPLA繊維製品を回収・分別して生分解処理可能

 焼却・埋め立てされる廃棄物を削減し逼迫するごみ処理システムをサポート(環境省資料によると、2020年に  国内市場に投入された繊維製品は約82万トン。そのうち約51万トン(62%)が焼却・埋め立て処理されている)

⑥生分解処理は環境負荷が低い廃棄物処理で、焼却対比でCO2排出量を削減

⑦十分に普及すれば、使用後のPLA繊維製品を回収・分別してケミカルリサイクルし、カーボンニュートラルな素材の資源循環(繊維to繊維)が可能

⑤~⑦にあるPLA繊維の有効性を実現するためには、使用後PLA繊維製品の回収・分別システムを構築する必要があります。このHPでも取り上げてきたように、繊維製品の回収・分別は非常に難易度が高いテーマです。分別し易い素材構成による製品設計、市場・消費者からの使用後繊維製品回収ルート、ごみ処理行政との整合性、分別精度の確保、システム運用の手間とコスト(バージン素材との性能、コスト差)等々、課題山積です。しかし決して不可能なことではありません。これらの課題を克服することで、繊維・ファッション産業は持続可能(サステイナブル)な産業として再構築されます。

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