号外:麦とホップ、磨くサッポロビール

私はビールが大好きです。ドイツとアメリカに駐在している間に各地の地ビール(クラフトビール)の美味しさに目覚めてしまいました。ビールといえば大麦とホップですが、サッポロビールはビール原料の研究開発を続けてきました。ビールの製造にも気候変動リスクやCO2排出量が関係しています。私は、ただただ美味しいビールを飲みたいと思うだけですが、ビールを製造する背景についてももう少し関心を持って銘柄を選ぶようにしたいと思います。

2023年9月11日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

サッポロビール博物館(札幌市)

ビールの主原料、大麦とホップ。サッポロビールは世界でも珍しく、その両方の品種開発と栽培を手掛けるビールメーカーだ。2023年、北海道上富良野でホップの品種研究を始めて100年の節目を迎えた。大麦の研究も進め、雨に打たれ強い品種を新たに発見した。気候変動が進む中、サッポロビールはビールの味の追求と原料の安定調達という未来に挑む。

“紫色のラベンダー畑が空に映える7月末の上富良野。札幌市内から車で深緑の北海道を走ること1時間半、サッポロビールの原料開発研究所に到着した。大雪が降っても積もりにくい多角形型の屋根を持つ建物は1926年に建てられ、当時はホップの乾燥上に使われていた。そこから車で15分ほどの距離にサッポロのホップ研究圃場がある。5メートルほどの高さに成長したつると、枝葉の先端に実ったホップ。研究圃場では自社開発品種の「フラノビューティ」や「フラノマジカル」などが実り始めていた。5センチほどの実を手で裂くと中から黄色い樹脂「ルプリン」が姿を見せる。実をもみ込むとオレンジのような香りが両手いっぱいに広がる。”

ホップはハーブの一種で、ビールに独特の泡もちや苦味、香りを与える素材だ。ドイツで1516年に制定された「ビール純粋令」には「ビールは大麦、ホップ及び水だけを使って醸造せよ」と記されている。1923年に上富良野で試験栽培を始めたサッポロは今春、新品種を4種登録した。2000年以降に品種登録された17のホップのうち、サッポロが16種類を占める。原料開発研究所グループリーダーの鯉江弘一朗氏は「ホップは公的機関で研究をせず、ここのところは当社しか品種を出していない」という。”

“世界のビールメーカーの中でも珍しくホップの品種開発を手掛けるサッポロ。多様な風味を作り出すホップを自社で研究するノウハウを持つことで、開発するビールの味も広がる。新型コロナウイルスを契機に家で缶ビールを飲む人が増え、個人の嗜好に合った味を選ぶ傾向が強まった。香りと味わいを加えるホップの品種を多く持てば、ビールにこれまでにない個性を付け加えることができる。国内最大の品種ライブラリーを持つサッポロの強みが生きる。”

サッポロのビール原料開発

“その強みが発揮されたヒット作が「SORACHI1984」だ。ブランドの2022年の販売数量は2021年比で24%増。2023年2月製造分からのリニューアルでは、商品に使うソラチエース自体の量も発売当初から増えている。SORACHI1984に使っているのが、上富良野で1984年に誕生したホップの「ソラチエース」だ。ソラチエースはひのきやレモングラスのような香りが特徴だが、開発当初は個性が強過ぎてこのホップを使ったビールの商品化がボツになった。1994年に研究用の「遺伝資源交換」として米国に渡ったのが転機となった。当時、クラフトビールブームに湧いていた現地の生産者に「ソラチエースを使うと完成度が一段階上がる」と見出されたのだ。米国でソラチエースを使ったビールが人気となり、逆輸入する形で2019年、日本でサッポロが商品化した。一般的なビールには数種類のホップを使うことが多いが、SORACHI1985はソラチエースのみを100%使用している。ただ国産のソラチエースはこのうち数%。上富良野で開発したにもかかわらず、9割以上を輸入に頼っているのが現状だ。SORACHI1984のブリューイングデザイナーを務める新井健司氏は「現在国産のソラチエースは年350キログラムほどの収穫量だが、北海道や東北でも生産量の拡大を進めている。2~3年後には6000キログラムまで増やし、いずれ全て国産化したい」と意気込む。”

もう一つの主原料、大麦の研究所は群馬県太田市木崎町にある。1ヘクタールほどの研究圃場には数千種類を超える大麦が植えられている。大麦を醸造用の原料となる麦芽に加工するには、まず水に吸わせる「浸麦」工程に約2日。その後、種に含まれるでんぷんなどを糖に変える「発芽」工程に約6日をかけ、1日乾燥させると麦芽になる。麦芽には米などの副原料、お湯をまぜてろ過し、ホップを加えた「もろみ」をろ過したものがビールだ。だが、収穫直前の大麦に長雨が降ると、畑の中で発芽が始まってしまう「穂発芽」という現象が起きる。一度発芽してしまった大麦はビール造りに使用できない。2014年には5日間降り続いた雨によって栃木県の畑で穂発芽が発生し、23億円の被害が出た。研究員の木原誠氏は「オーストラリアでは穂発芽を含めた被害が年間10億円ほど起き、世界的に気候変動リスクが高まっている」という。”

“そこでサッポロは、穂発芽しにくく、加工時に発芽しやすいという「一般的な大麦の法則に乗っからないようなもの」(木原氏)が開発できないかと考えた。交配を進めるうちに有望な株「N68-411」株を2022年に発見。通常6日の発芽工程を短縮できそうだということもわかってきた。発芽日数を2日短縮できればCO2排出量を約1割削減できるという。一方、現在大麦の生産は国内が1割未満で、9割以上は海外からの輸入だ。一大産地の欧州やカナダと日本とでは収穫時期も異なる。本州では秋に種まきをして、5~6月に収穫するが、緯度が高い欧州や北米では春にまいて8~9月に収穫するという。このため、サッポロは現地でも育つようにカナダの大学と共同でN68-411に改良を加えている。カナダに出向いて現地の農家や大学と連携する研究員の牧本梨奈氏は「2030年までに品種改良の出願をめざしている」と話す。”

サッポロは大麦とホップで2030年までに気候変動に適応する新品種の登録出願をし、2035年までに国内で、2050年までに国内外で実用化することを目指す。原料研究100年の節目を迎える2023年、ビール減税と新型コロナからの経済回復で市場が盛り上がりを見せるなか、次の100年に向けた。種まきを始めている。”

ホップは北緯・南緯35~55度の「ホップベルト」と呼ばれる地域で生産され、およそ30ヶ国で300品種以上が作られている。作付面積のトップは米国。ホップ使用量が通常ビールの5倍とも10倍とも言われるクラフトビールが人気なだけに規模も大きい。対照的に日本は約80ヘクタールで世界の0.1%だ。国内のビール醸造で使うホップの約9割を輸入に頼る。ホップは収穫時期が夏だけであることに加え、収穫直前に台風などで強風が吹くと枝がおれて栄養が行き届かなくなり枯れてしまう。栽培の難しさから生産農家の減少が続き、生産量も2008年の446トンから2022年には167トンまで減っている。”

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