号外:遺伝子工学の進歩、月に「ノアの箱舟」を

私は文系人間で、遺伝子工学やゲノム編集といった事柄については全くの門外漢です。せいぜい、映画の「ジュラシック・パーク」で描かれた程度のイメージしかありません。しかし遺伝子工学は誕生してから着実に進歩していて、現実に応用されている例もあるようです。「神の領域」という言葉をよく聞きます。最新技術も使い方を誤れば、大きな災厄をもたらすかもしれません。そんな心配をしてしまうのは、私が無知で心配性なせいでしょうか。

2023年9月28日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

スパールバル世界種子貯蔵庫

人類の天敵を「絶滅」させる。子孫が繁殖できないよう遺伝子改変した蚊を大量に放つ実験が米国で始まった。4月、乾燥した蚊の卵が入った白いバケツ大の容器が南部フロリダ州の民家に届いた。容器に水を注ぐと、数日後に蚊が1匹また1匹と飛び立っていった。この蚊が野生の蚊と交配すると、メスはふ化しても育たず、子孫を残せないオスだけが残る。世代を経るごとに蚊が減る仕組みだ。蚊は世界で最も多くの人間を殺している。マラリアなどの感染症による死者は年70万人を超える。地球温暖化で蚊の生息域は世界中に拡大し、2000年に約50万件だったデング熱の症例数は、2019年に10倍以上の約520万件に増えた。”

“蚊を放ったのは英バイオ企業のオキシテックだ。米国に先駆けてブラジル政府は2020年に一般販売を認可。「2世代で蚊の数が約9割減る効果が確認できた」と同社のネイサン・ローズ氏は説明する。遺伝子を改変した生物を放つことに懸念もあるが、対象のネッタイシマカは外来種だ。米環境保護局(EPA)は地元の生態系などに「不当な悪影響を引き起こさない」と評価した。”

人間にとっての害虫を根絶しようとする一方で、絶滅した動物をよみがえらせる試みも進む。米コロッサル・バイオサイエンスのベン・ラム最高経営責任者(CEO)は「(氷河期に生きた)マンモスを2028年までに復活させる」と宣言する。大航海時代に絶滅した大型鳥ドードーや、20世紀までオーストラリアに生息していたフクロオオカミの復活も狙う。生命の設計図であるDNAを自在に改変するゲノム編集技術が武器だ。シベリアの永久凍土で見つかったマンモスのDNAを人工合成し、ゾウの胚に導入して子を産ませる。恐竜が復活する映画「ジュラシック・パーク」さながらの世界だ。「人間の過去の過ちを正すためにも復活は必要だ」とラム氏は強調する。「人類が悪影響を及ぼす前の状態まで自然を戻す責任がある」。

“東北大学の海保邦夫教授の試算によると、温暖化の加速などで今世紀中に危機が訪れて地球上の4~10%の動植物が絶滅し、核戦争が起きれば最大50%が姿を消す。大量絶滅リスクに備える動きも出てきた。旧約聖書で多くの動物を乗せて大洪水から救った「ノアの箱舟」の現代版が、北緯約80度の北極海のノルウェー領スピッツベルゲン島にある。海抜120メートルで岩盤内に種を保管する「スバールバル世界種子貯蔵庫」だ。3つの貯蔵室は頑丈なドアや警報装置に守られている。各国の遺伝子バンクなどが選んだ種を零下18度で保管する。2008年の建設後、これまでに6千種以上、約126万点の種を集めた。日本からは岡山大学が味噌やビールの原料になるオオムギを送った。「気候変動や紛争の増加は世界の食料供給を圧迫する」と保管に携わるアスムンド・アスダル氏。貯蔵庫は「未来の食料供給に不可欠だ」と訴える。

米アリゾナ大学は地球滅亡に備え、月に貯蔵庫を置く計画を提唱する。巨大な地下空洞に太陽電池やエレベーターを備えた施設を作り、670万種の種子や精子・卵子を保管する構想だ。ジェシカ・タンガ准教授らは「地球環境が壊滅しても生物多様性が失われるリスクを減らせる」とみる。”

遺伝子工学が誕生して半世紀。人類は種の存続を左右するほどの強大な力を手に入れた。それをどう行使するかが問われている。

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