号外:石炭火力見直し、エネルギー戦略の行方

経済産業省が旧式で低効率な石炭火力発電所を休廃止する方針を打ち出しました(石炭火力発電所を全廃するということではありません)。地球温暖化対策として、世界で脱炭素が求められる中、遅れていた日本のエネルギー政策議論が動き出したようです。脱炭素を促進し、再生可能エネルギーの活用に切り替えてゆくことは、地球環境を維持・改善するために必要なことです。気候変動の影響で、今年も九州地区などで大規模な水害が発生し、多くの方々が被災されています。しかも、昨今の気候災害の激甚化を考えれば、早急な行動が必要です。その一方で、エネルギー(電力)の安定供給は私たちの生活に直結しています。下記の記事にもあるように、日本のエネルギー基盤は非常に脆弱です。関連する多くの事柄に配慮しなければなりませんが、私たちの生活と経済を支えるしっかりとしたエネルギー政策が議論されなければなりません。

2020年7月29日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

石炭火力発電所

“梶山経済産業相が低効率の石炭火力発電所の休廃止を促す方針を表明した。速度を上げるエネルギー転換のうねりに日本だけが距離を置くことはできない。脱炭素の道筋を示すことは重要だが、それだけではすまない。石炭火力の見直しは、複雑な組み合わせの上に成り立つエネルギー政策全体の見直しと切り離せないからだ。”

“石炭火力の大胆な休廃止に踏み出すのは、温暖化ガス削減の国際公約の達成が厳しいことと無縁でない。発電量に占める石炭火力の比率は2018年度で32%。政府のエネルギー基本計画が定める電源の最適組合せ「エネルギーミックス」が目標とする26%を大きく上回る。原子力発電所の再稼働が進まない状況で、温暖化ガスの排出を2013年度比26%減らす国際公約を実現するには、化石燃料のなかでも温暖化ガスの排出が多い石炭を減らし、再生可能エネルギーを伸ばすしかない。”

“エネルギー政策の長期指針となる「エネルギー基本計画」は、2030年度に実現する3つの政策目標を掲げる。

①欧米に遜色ない温暖化ガス削減を実現する

②電力コストを現状より引き下げる

③エネルギー自給率を東日本大震災前を上回る25%程度に引き上げる

エネルギー指標を国際比較すると、日本が気候変動の対応以上に劣っている2つの数字がある。自給率電気料金の水準だ。2017年の自給率は9.6%と、経済協力開発機構(OECD)加盟35ヶ国中(2017年時点)で34位だ。東日本大震災以降、最下位のルクセンブルグに次いで下から2番目が定位置になっている。米国93%、英国68%、フランス53%、ドイツ37%などと比べて、日本は主要国の中で際立って低い。“

“経産省によれば、2017年度の電気料金は震災前と比べて家庭用で16%、産業用で21%高い。産業用で38%高となった2014年のピークから下がったとはいえ、高止まりが続く。国際エネルギー機関(IEA)によれば、2016年の発電コストは米国や東南アジアの2倍、欧州連合(EU)の1.5倍だ。低い自給率は国家安全保障の、割高な電気料金は国際競争力の観点から放置できない。エネルギーを1割も自国でまかなえず、電気料金が2倍の国に誰が投資しようとするだろうか。温暖化問題に隠れがちだが、日本は深刻な弱点を抱える。

低い自給率は化石燃料への依存度が高いことに起因する。電源の約8割を占める、石炭や液化天然ガス(LNG)、石油はほぼすべて輸入に頼る。戦前、戦後を通じて日本がエネルギー安保の呪縛に捕らわれてきた理由はここにある。自給率を引き上げ、国産エネルギーである再生可能エネルギーの拡大に注力することは正しい。

福岡県の太陽光発電

“ただし、石炭が担ってきたエネルギー供給の役割を、すぐに再生可能エネルギーで代替できると考えるのは早計だ。日本では再生可能エネルギーのコストは地理的な条件や送電網の制約などから、まだ石炭火力より高い。時間や天候で変動する再生可能エネルギーの供給を平準化する技術の定着には投資と時間が必要だ。再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度が始まった2012年度時点で、家庭用電気料金の単価に占める、再生可能エネルギー買い取りへ消費者が負担する費用(賦課金)の割合は1%だった。これが2018年度には11%に上昇した。電気を月300キロワット時使うモデル家庭の負担額は2019年度で計1万円を超える。再生可能エネルギーの主力電源化に向けて、コスト低減に全力を傾けるべきだ。ただ、すべて代替するには力不足だとすれば、足元で石炭を代替する現実解は石炭より温暖化ガスが少ないLNGになるだろう。とはいえ、輸入頼みのLNGでは結局、自給率の問題は解決しない。

気候変動、安全保障、経済性。絡み合うパズルを解きほぐす入口は原発だ。2030年度に20~22%とする原発比率は、温暖化ガスの削減だけでなく、自給率引き上げや電力コスト低減の前提になっているからだ。原発は温暖化ガスを出さない脱炭素の有力手段であり、国産エネルギーに位置付けられる。安全対策費用が一定に収まる限り、既存原発を再稼働できれば化石燃料よりも発電コストは安い。エネルギー基本計画で掲げる3つの政策目標達成には原発が必要なのだ。しかし、様々な世論調査では、福島第1原発事故から9年が経過しても原発への不信感は根強く、必要だとする回答はむしろ下がっている。エネルギー政策の大前提である安全問題を克服できていない。”

鹿児島県川内原子力発電所

原発比率20~22%の実現には30基程度の原発が必要だが、再稼働は9基にとどまる。政府は2050年に温暖化ガス排出の8割削減の目標も掲げる。この実現には、ほぼ全ての火力発電が現状の形では使えない。原発の運転を稼働後40年ですべて停止した場合、2049年に国内の原発はゼロになる。運転期間を60年に延長しても2050年代には数基となり、2069年にはゼロになる。こうなることは早くからわかっていたはずだが、国は議論の先送りを続けてきた。国民の不信感が強い状況で、原発に触れないのはある意味、政治の当然の選択でもある。しかし、エネルギーをめぐる環境変化は速度をあげる。これ以上、時間を空費するわけにいかない。原発を日本のエネルギー戦略にどう位置付けるのか。新増設をどうするのか。そのために国民の理解をどう得るのか。得られなければどうするのか。この議論から逃げない胆力が問われる。

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