号外:なぜ日本酒は斜陽産業になったのか?②

前回見てきたように、酒税収入を確保するために日本酒造りの近代化・合理化・大量生産化が国策として進められました。醸造工程は簡素化・効率化され、酒米が不足すれば醸造用アルコールが添加されるようになりました。その過程で、日本酒が元々持っていた各地酒蔵の個性や味わいといった魅力が、どんどん損なわれていったことは容易に想像がつきます。そして品質が低下し、均質化した日本酒が、戦後市場に溢れることになりました。

2022年8月18日付け日経クロストレンドに掲載された記事より、

アル添酒が一般化したのは、終戦直後の食糧難時代のことだ。終戦を迎え、戦地からの復員により人口が急増すると、酒への需要が急増した。しかし、深刻な食糧難で貴重なカロリー源たる米を酒にするわけにはいかなかった。また、空襲で蔵が焼かれたり、杜氏(とうじ)が戦死したり、恐慌で倒産したりで、1930年には8000以上あった蔵が終戦直後には半減。日本酒の生産基盤は戦争で大きく毀損されていた。このため需要に応える量の酒を造ることができず、「メチル」「カストリ」「バクダン」などと呼ばれた不正密造酒(闇酒)が大量に出回るように。それらを飲んだ人が失明したり、死亡したりする事故が相次ぎ、社会問題となっていった。”

”この闇酒対策が急がれたこともあって、醸造試験所が全国の蔵に対し、アル添酒の製造指導を始めたのである。このときに指導された方法は、米、水、米麴から醸された日本酒に、その2倍の量のアルコールを加えて水増しし、糖類や調味料を加えて味を調えたものだ。元の日本酒の3倍に増量できたために、三倍増醸酒(三増酒)と呼ばれたこの酒が「普通酒」の主流となり、戦後の日本酒のイメージを形作るものとなっていった。2006年の酒税法の改正で、添加できるアルコール量に上限ができて三増酒は造れなくなったが、1949年から実にほぼ60年間にわたって、混ぜ物だらけの日本酒が売られ続けてきたのである。

このようにアル添酒は、実は国の指導で始まったものだった。今も日本酒業界の監督官庁は国税庁だが、税務当局の監督下に置かれてきたことが、「右に倣え」の体質を生むことになった感は否めない。この体質を示す1つの事実が、戦後、特定の産地・品種の酒米が好まれる傾向が強まったことである。日本酒好きなら、「山田錦」「五百万石」「美山錦」「雄町」といった酒米の品種を聞いたことがあるだろう。この中で最も有名なのは山田錦である。兵庫県立農事試験場で開発された山田錦が酒造好適米として奨励品種となったのは、1936年のこと。以来、80年以上たった今も使い続けられている最強の酒米だ。2021年度の山田錦の生産量は酒造好適米全体の36%を占め、そのうち兵庫県産が57%である。同様に五百万石の酒造好適米におけるシェアは19%、そのうち46%が新潟産だ。”

かつて日本酒は、地元の水、地元の米で造るのが当たり前だったが、今や米に関しては良いとされる産地のものを遠くの産地から取り寄せて使うのが常識になっているのだ。この流れをつくるのに寄与してきたのが、1911年に当時の大蔵省が始め、今も続いている全国新酒鑑評会(現在は独立行政法人酒類総合研究所の主催)。山田錦を原料とする酒が金賞を取ればとるほど、地元の米よりも「酒造に向いた米=金賞を取りやすい米」を使う傾向が一般化していった。

”こうして歴史を振り返って分かるのは、日本酒業界は地域や蔵の個性をなくす方向に進んできたという現実だ。設備の近代化や科学的アプローチによる製法の効率化、原料米の均質化は、工業製品としての品質向上や生産性向上には役立ったかもしれない。しかし、日本酒の一番の魅力である地域ごと、蔵ごとの個性はなくなってしまった。加えて、醸造用アルコールの添加や三増酒における糖類や有機酸の添加など、それぞれの蔵が培ってきた発酵技術や職人の誇りを否定するかのような酒造りが横行したのも不幸だった。”

自らの個性と誇りをなくしていった業界が陥りがちなのは価格競争だ。事実、日本酒業界もそのわなにはまっていく。きっかけとなったのは、1943年に制定された級別制度が1992年に廃止されたことだ。級別制度とは、「特級」「一級」「二級」に日本酒をランク付けするもので、税率もランクに応じて決まっていた。そのため、級別制度が価格統制として機能している側面もあった。しかし、これが廃止されて名実共に自由競争の時代になったとき、大手日本酒メーカーが選んだのは、安売りしてシェアを確保する安易な戦略だった。日本酒のような香りのいい焼酎がでてきて、安酒の代名詞だった焼酎がイメージチェンジに成功したのとは対照的に、日本酒が安酒の代名詞になっていく。その証拠に、安酒の象徴である紙パックの酒が出たのは1977年のことだが、2005年には流通している日本酒の過半数が紙パックになってしまった。

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