号外:生物に学ぶ技術進化、「マンボウ型」飛行機で燃費向上
生物の能力をヒントにして、様々な技術課題を解決しようという試みについての話題です。人類が自然の知恵から学ぶことは、まだまだたくさんあるようです。
2023年3月25日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、
“宇宙航空研究開発機構(JAXA)が構想中の飛行機は150人乗りで幅55メートル、全長29メートル。胴体と翼が一体のユニークな形が特徴だ。空気抵抗が大幅に減り、燃料は従来の半分ですむ。この未来の飛行機を開発する星光主任研究開発員は「現在の飛行機の燃費はもう頭打ちだ。限界を突破するには構造を大幅に変える必要がある」と語る。”
“飛行機の構造は筒状の胴体に長い翼がつく形が数十年間ほぼ変わっていない。開発中の「全翼機」と呼ぶ機体は特殊な戦闘機で実現しているが、旅客機に取り入れるにはコストがかかりすぎる。機体の骨組みが複雑になるからだ。そんな時、子どものときにみたマンボウの剥製がふと頭に浮かんだ。博物館の標本をコンピューター断層撮影装置(CT)で分析したところ、少ない骨で力のかかるヒレや体を支えていた。マンボウの大きな体は天敵が丸のみにするのは難しい。それでいて腹にはほとんど骨がない。進化の末に手にした体の大きさと簡素な骨格の絶妙なバランスは「全翼機に適している」(JAXA)。炭素繊維強化プラスティックなどで部品を試作し、製造技術の確立を目指している。鳥やエイは参考にならなかった。”
“生物は生存や繁殖のわずかなチャンスを生かそうと特異な能力を伸ばしてきた。そのための工夫の一つがユニークな構造の採用だ。沖縄に生息するヤシガニのハサミが挟む力はライオンのかむ力に匹敵する。頑強なハサミは外側に薄い100層ほどの板がねじれながら重なり、内側には細かい穴があいた構造で衝撃を吸収する。”
“生物に学ぶ試みは究極の脳にも迫る。大阪大学の酒井朗教授は人間の脳をまねたチップを開発し、食事を告げるベルでよだれを垂らす「パブロフの犬」に似た神経活動を再現した。生物の脳はベルやエサといった異なる情報から次の展開を連想し、ベルの音だけで舌なめずりする。酒井教授は、この原理で人工知能(AI)の限界を乗り越えようとしている。”
“話題の対話型AIは膨大なテキストデータから言葉の並び方を学び、自然な会話をするようになった。さらに言葉が持つ多くの情報から本当の意味を理解すれば想像力とみなせる能力を発揮できる。一見かけ離れた分野のつながりからは、新しい科学の発見やビジネスのアイディアを生み出せる。介護現場やオフィスで周囲の音や映像からその場の「空気」を読み、自らの判断で行動するロボットも実現できるかもしれない。”
“人間の脳は約1000億個の神経細胞が複雑なネットワークを作り、100兆個以上のシナプスを介して情報を伝える。よく使うシナプスほど結合が強くなり、信号の入力によって電気の流れやすさが変わる。結合の強弱はネットワークの姿を変え、様々な情報を結び付ける。酒井教授は「シナプスのつながりをチップ上で人工的に再現できれば、AIに革新をもたらすかもしれない」と期待する。人口シナプスは「メモリスタ」という次世代型の素子で作成する。多数の人口シナプスを小さなチップに載せる技術の開発も進めている。”
“電池の開発では、電気をためる要領の限界が近づく。ここでも参考にするのは生物だ。血管を通じて全身に酸素を運ぶ赤血球が現在のリチウムイオン電池の次を狙う空気電池の開発の鍵を握る。空気電池は空気中の酸素を使い、容量は数倍に高まる。いかに多くの酸素を取り入れ、反応しやすいイオンに変えるかが課題だ。赤血球のたんぱく質は、内部にある鉄原子が酸素を効率良く取り込む。東北大学の阿部博弥助教は同様の構造で新触媒を作った。”
“生物に倣う技術開発は生物模倣と呼び、ヤモリの足をまねた粘着テープや葉の撥水(はっすい)機能に倣う塗料ができている。自然界が培った知恵は、先端技術の開発にも恩恵をもたらそうとしている。”