「100年コート」、よいものを長くに応える

繊維・ファッション産業のサステイナビリティを考える時に、もっとも基本的なことは「上質な服を長く使う(着用する)」ということです。ファッションは私たちにとって身近な文化ですが、それは次々に新しい服を消費して、廃棄するということではないでしょう。製品を廃棄するということは、その製品を生み出すために費やされた資源や人々の努力を廃棄するということです。せっかく手に入れた製品(服)ですから、できるだけ長く、大切に着用したいと思います。そのためには、丁寧に作られた上質な製品(服)である必要がありますし、手入れや修理のサービスも必要になります。

2023年11月8日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

「100年コート 極KIWAMI」

“東北新幹線の七戸十和田駅(青森県七戸町)から徒歩1分の場所に、世界でもめずらしいコートの専門工場がある。三陽商会のサンヨーソーイング青森ファクトリー。国内では唯一とみられ、1969年の設立以来、コートを一途に作り続けている。”

“同工場で作られている「100年コート」が誕生から10周年を迎えた。「『ほんとうにいいもの』を作ろうとプロジェクトが始まった」。企画担当の田中真一さんは振り返る。三陽商会は1946年、戦後まだ物資が少ないなかレインコート製造を始めた。材料は戦時中、家の外に光をもらさないために用いた防空暗幕だ。その後コートメーカー、アパレルへと事業を拡大していく。「今の会社の始まりでもあるコート。そこに改めて立ち返った」(田中さん)という100年コートは「世代や流行をこえて長く愛される」をテーマにしている。”

“トレンチコートのデザインは主に2種類。細身ですっきりとしたラインが特徴のスタンダードモデルと、一枚布で袖を作り、肩や身幅にゆとりのあるクラシックモデルだ。着丈にバリエーションもある。厳選した素材を使い、糸の開発から織布、染色、生地の加工、縫製まですべてを国内で手掛けている。2022年に国内で供給された衣料品のうち、国産の割合は1.5%(数量ベース、国の生産動態統計と貿易統計をもとに日本繊維輸入組合が作成)。1990年代初期には約半数を占めたが、低下傾向が続いている。世界的に技術力が評価されている工場も、減少が止まらない。糸から縫製までを国内で仕上げていると考えると、その希少性がわかる。”

襟の内側の手縫い

青森ファクトリーが担うのが、衣料品のなかでも特に工程が多く、難しいとされるコートの縫製だ。従業員は50人強で、年間1.3万着を生産している。三陽商会のみならず、パリコレクションで発表するブランドのアイテムも手がけている。トレンチコートの「トレンチ」とは「塹壕」を意味し、第1次世界大戦において英国軍が塹壕戦で着用していたのが由来とされる。風雨を防ぎ、腕の動きで袖がまくり上がらないように袖口にストラップが付いていたり、銃を撃った衝撃を和らげるための当て布、ガンパッチが胸元にあったり。デザインにもよるが「コートはパーツが多く、トレンチで140~190ほどある」と同工場の技術顧問、和田秀一さんは話す。「コート作りは難しい」とされるゆえんだ。1着のコートを仕上げるのに、縫製だけで27人もの職人の手を通るという。”

“ミシンが並ぶ合間から見せてもらうと、手際よい動きに目を奪われた。「真っすぐに縫っているように見えるけど、絶妙に両手で力を加えているんです」と工場長の青木豪さん。身ごろなどに用いる「引き縫い」という技術で、ミシンをかける際に布が糸に引っ張られて縮まないよう、生地を両手で前後に引っ張りながら縫う。裾にかけてゆがみなく、生地が真っすぐに落ちるコートのラインは、この技術によって生み出されている。”

引き縫い
空中プレスアイロン

“トレンチコートを引き立てるラペル(下襟)。左右均等に美しく折り返されたここも、緻密な技術が支える。生地は0.5ミリメートルの細かな単位で調整して縫い合わせてある。ミシンを用いず職人の手で縫われている箇所も多い。コートの顔といわれる首まわりでは、襟の内側はカーブに合わせて、手でまつり縫いされている。首にやわらかくなじみ、襟が美しく立つという。ボタンも場所によって付け方を変えながら、すべて手で付けられている。正面のボタンは生地から最低でも5ミリメートルほど浮かせて縫い付ける。生地に厚みがあるため、ボタンの下にゆとりがないと留めにくく、見た目にも響くからだ。手作業は多いが「一点物ではないので、全てが同じようになるよう気を使っている」。40年近く勤務する大浦広子さんはこう話した。”

修理やメンテナンスを随時受け付けており、工場の一角には顧客から預かったコートが置かれていた。購入から3年ごとに、ボタンの緩みや裏地の破れなど、10項目をチェックする「コートの健康診断」のサービスもある。「このコートで定年まで勤めるつもりです」「今後とも長い付き合いになると思いますが、よろしくお願いします。」。修理後、顧客にコートを返却すると、こんなメールが送られてくるという。丁寧に作られたものをメンテナンスしながら長く着続けたい。着用するにつれて生じる風合いの変化に愛着すらわいていく。衣料品に対してのこうした傾向が高まるにつれファンを増やし、2022年にはさらに素材などにこだわった新モデルを発売した。環境配慮認証を取得したオーガニックコットンを用い、価格は従来モデルより5万~10万円高い20万円超。これでも「せっかくなら」と手を伸ばす人が増えている。”

「根巻き」技法のボタン付け

“工場長の青木さんは、もともと本社でパタンナーとして働いていた。過去に新潟県の工場に出向した際、工場をたたまざるをえないという不本意な経験があり再び工場行きを志願した。メンバーには勤続30年を超える人も多く、青木さんが「どうやって縫っているのか」と聞いても「『普通にやっているだけです』と答えられない人も多いんです」と苦笑する。手に、体に、その技術が染み込んでいるからだろう。「技術はうそをつかない」。工場の壁にはこんな言葉が貼られていた。

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