号外:「地球沸騰」変わる地魚
農業従事者の高齢化が進んでいます。主な仕事が農業の「基幹的農業従事者」のうち7割が65歳以上です。同様のことが漁業でも起きています。漁師の数はこの30年で6割減り、2018年時点で65歳以上が4割を占め、担い手不足が懸念されています。将来の国内食料供給が心配です。また地球温暖化による気候の変化は、自然環境を相手にする農業や漁業に様々な影響を与えています。
2023年10月30日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、
“福井県小浜市のブランド養殖魚「小浜よっぱらいサバ」は酒かす入りのエサで育ち、深いうま味が特徴となる。秋の最需要期を迎え、海のいけすは空っぽだった。9月までに9割の約3000匹が死んでしまっていた。田烏水産社長、横山拓也は猛暑が主な要因とみる。「サバがずっとサウナにいたような状態だった」。表皮が低温やけどのようになったサバもいた。北陸の9月上旬の海面水温は31度と温水プールのようになっていた。”
“「地球沸騰」といわれた2023年。気象庁によると、日本近海の8月、9月の水温は比較データのある1982年以降で最高だった。海は大気の熱を吸収し、1ヶ月遅れで気温を反映する。世界中で海の水温が高く、特に日本近海は平年を大きく上回る「海洋熱波」に包まれる。「脱炭素が進まない限り、今後も海は熱くなる」。東京大学大気海洋研究所教授の伊藤進一は指摘する。温度上昇の影響は変温動物の魚の方が恒温動物のヒトより「5~7倍大きいといわれる」。多様な環境に適応できるヒトと違い、魚は生息できる温度帯が限られる。”
“9月末、山口県下関市で開かれたフグ初セリは入荷量が例年の3分の1だった。「ひみ寒ぶり」が有名な富山県では、ハワイ料理でマヒマヒと呼ばれるシイラがブリの漁獲量を超えた。函館のイカ、兵庫のイカナゴなど地域を代表する魚も減り、旬がずれている。全国で地魚が変調している。”
“原発処理水放出に伴う中国の禁輸が目下の課題となるなか、足元では温暖化による構造的な変化が忍びよる。課題は山積する。国内消費の減少や収益への不安から、漁師数は30年で6割減った。65歳以上が2018年時点で4割と、担い手不足が一層懸念される。漁師1人あたりの生産量はアイスランドやノルウェーの10分の1以下。大企業の養殖が盛んな北欧と比べ、小規模業者が多く生産性も低い。平成の30年間で世界の漁業生産額は2倍に増えたが、日本は半減し、漁獲量は3分の1に落ち込む。グローバルにみると水産業は成長産業だ。鮮魚大手、魚力社長の山田雅之は「すしや海鮮丼は世界の子供も大好物。日本の魚の需要は今後も増える」とみる。北米で鮮魚店を展開してマグロ解体ショーなどを行い、国産魚の販売を伸ばす。”
“海の環境が変化するなか、国内では70年ぶりの改正となった新漁業法が2020年に施行された。水産庁は国内の魚の資源を増やし、漁師の所得向上と年齢バランスの取れた就業構造を目指している。日本の国土面積は世界61位の一方、海の面積は同6位と広い。財産である海をどう活かすか。新たな芽生えもある。”
“いとう漁業協同組合(静岡県伊東市)は2021年8月、定置網部門を法人化し、城ケ崎海岸富戸定置網(同)として独立させた。代表取締役の日吉直人は「激変する海の環境に柔軟に対応するため、意思決定のスピードを高めた」と話す。漁網にセンサーを付け、出量前に魚種や漁獲量の検討をつける。近隣の魚市場の入荷状況を事前に確認、高値で売れる市場へ出荷する。2022年冬には急な潮流にも強い最新式いけすを設けた。小さなサバやクエなどがかかった場合、太らせて魚価を上げて出荷する。サーモン養殖や急速冷凍の加工にも挑戦。漁師の年収は「最小で600万円」へ3割アップした。東京出身で23歳の梶原真は今春、上智大学を卒業し漁師になった。「食の安全保障は最も重要。1次産業を強い産業にしたい」と意気込む。”
“石川県では2022年度、ズワイガニの漁獲額が過去最高を更新した。資源管理が奏功している。乱獲や海の環境変化で激減した時期もあったが、漁師が結束。幼いカニは放流し、禁漁区も設けた。漁獲量はオスは前季比2割増、メスは6割増えた。ブランド化も進め、特に立派なオスを厳選した「輝(かがやき)」は2021年に1匹500万円の国内最高値を付けた。県底引網漁業連合会長の橋本勝寿は話す。「海の資源を守り育て、地域の誇りであるカニ漁を持続可能にすることが、次世代の漁師を育てることにつながる」。”