号外:ニューノーマル、パンデミック後の環境思考と産業政策

アメリカのパンデミック後の「ニューノーマル」を考察した記事です。今回のパンデミックは、私たちが「環境問題」について考える機会を提供しています。シンプルに「パンデミック前」に戻ることはできないでしょう。パンデミックでの経験を活かして、自分自身のために、将来の世代のために、「新しい日常」を再構築することが必要なのだと思います。

2020年5月13日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

“「フロリダの住宅街をワニが闊歩していた」、「コヨーテがサンフランシスコの歩道を歩いている」、2020年3月下旬に米国各地の都市が封鎖されてから、SNS(交流サイト)でこんな報告が相次ぐようになった。人々が消えた街に現れた野生動物たち。4月には、米航空宇宙局(NASA)が宇宙から地球を捉えた画像を公開し、いかに地上の空気汚染が緩和されたかを証明してみせた。ニューヨーク周辺の米東北部では3月、2015~2019年3月の平均に比べて二酸化窒素量が30%削減されたという。”

“こうした報道は、新型コロナウイルス感染症拡大による死者の急増や医療崩壊といった暗い話題が続く中、米国民に明るい話題をもたらした。だが同時に、これまでふたをしてきた「環境問題」に再び目を開かせるきっかけにもなった。自分たちの行動が、環境にこれほどのインパクトを与えるという事実を目の当たりにしたからだ。

“ウォール街にも学びはあった。4月20日、ニューヨーク市場に上場する原油先物のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエイト)で、5月物の価格が史上初のマイナスになる異常事態が起きた。新型コロナ感染症による需要の低迷で、使われない原油が米国の貯蔵設備を埋め、カネを払ってでも引き取ってもらわなければならない状況に陥ったからだ。”

環境をコントロールできなければ、人々の生活も経済も安定させることはできない。このことを思い知った国民が「環境思考」を高める可能性は高い。新型コロナウイルス感染症後の米国では、環境配慮型の商品が売れ、人々は引き続き移動を控え、デジタル化も一気に進む。そうなれば、従来型の産業は低迷し、代わりに環境思考の産業が勃興する。

“数人の大学生が中心となり、2017年に「サンライズ・ムーブメント」という団体が組織された。サンライズが2018年11月に実施した民主党のナンシー・ペロシ下院議長に対する「座り込み」は、米国内でも大きな話題となった。ペロシ氏に訴えたのは、「グリーン・ニューディール」と呼ばれる政策実現に向けた支援だ。グリーン・ニューディールはもともと、2008年に英国で発表された報告書の名前だった。温暖化や経済危機、石油の枯渇といった問題を解決するには、政府の財政や税制、投資に在り方を抜本的に改革し、再生エネルギーのインフラ構築を実現すべきだとする政府改造案だ。この活動を通じて雇用を生みつつ、経済的豊かさと健康保険などを政府が保障する。サンライズはこの考え方をベースに、米国のカーボン・ニュートラル社会への転換を2030年までに実現することを目指している。”

“サンライズは正式な会員の仕組みは持たないものの、SNS(交流サイト)やスマートフォンのテキストメッセージを使って賛同者を集める「組織力」が武器だ。参加者はどんどん増え、各地の大学を中心に支部が続々と結成されていった。米誌VOXによると、2019年9月時点で既に1万5000人が直接的な活動に参加し、支部数は290を超えた。この数を動かす力とたぐいまれな行動力が政治家たちを引き付ける。ついには「中道派」とされるジョー・バイデン前副大統領をも環境思考に傾倒させた。バイデン氏は2050年までにカーボン・ニュートラルとそこへ向けたインフラ投資に今後の10年間で計1兆7000億ドルを費やすと公約している。これまでサンライズのような動きに対して、政界の大半が相手にしてこなかったが、新型コロナ感染症の影響で、これからの政策議論における重要テーマとして浮上している。”

“トリガーとなるのが「大量失業」だ。1930年代の大恐慌と並ぶリセッション(景気後退)が米国を襲うのであれば、大恐慌時代に経済復興策として用いられた「ニューディール」の考え方が再浮上してもおかしくない。たとえ民主党が大統領選で勝利できなかったとしても、雇用の確保は国民の支持を得続けるために不可欠になる。だが、トランプ大統領が採用してきた「新型コロナ感染症以前のやり方」では、遠からず限界は来る。新型コロナの都市封鎖で、トランプ大統領が国内回帰を迫り続けていた製造大手も、大きな打撃を受けているからだ。11月の選挙戦まではもっても、そこに頼り続けられるほど企業に余力はない。”

“工場の自動化も進むだろう。米食肉大手タイソン・フーズが5月4日に発表した2020年1~3月期の決算では、純利益が前年同期比15%減となった。工場で集団感染が相次ぎ、工場の閉鎖を余儀なくされたからだ。作業者同士の間隔を空けるために生産スピードを落とすなどの対策が検討されている。こうした対策は全ての製造工場で実施されることになるだろう。企業が「人より機械」と考えるのは自然な流れだ。雇用を製造業に依存する時代は、新型コロナ感染症後に終わる可能性が高い。

人々の生活スタイルの変化も見逃せない要素だ。デジタル会議や在宅勤務の導入が新型コロナ感染症前に比べて加速し、化石燃料を使った移動は格段に減るだろう。衣料や食品の購入もオンライン化が一気に進み、保険業や不動産業、医療といった分野にまで広く「オンライン接客」が普及すると考えられる。となると、化石燃料の使用を減らすグリーン・ニューディールは、我々が新型コロナ感染症前に想像していたほど「悪い話」ではないのかもしれない。そこに気が付いた消費者が購買行動を変えれば、産業構造も自ずと変化を遂げざるを得ない。

“既存のエネルギー業界と、彼らが動かす政治家たちがどんなに抵抗しても、最終的に勝つのは「民意」だ。これらの点を踏まえると、次の選挙で共和党が勝とうと民主党が勝とうと、環境シフトが進むと考えるのが妥当だ。ただこれを成し遂げるには、相当の痛みが伴う。産業革命以来、数百年と続けてきた構造を変えるのだから、エネルギー業界だけでなく、あらゆる業界が転身の痛みに身もだえすることになる。”

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