号外:フクシマの教訓-①

東日本大震災、そして福島第1原子力発電所の事故から10年が経過しました。現地の復興は少ずつ進んでいますが、かつての賑わいや活気を取り戻すには至っていません。被災された方々の悲しみ、ご苦労は今も続いています。原発の廃炉に向けた作業も、関係者の方々の努力にも関わらず、困難な課題が山積し、どのくらいの年月がかかるのか、まだまだ見通せない状況です。ご紹介する記事は、原発の功罪に関するものです。2021年3月10日付け日本経済新聞電子版に掲載されましたが、もとは英エコノミスト誌の記事です。英国(海外)の視点から、フクシマの教訓を考察しています。これから30年をかけて、気候変動対策として脱炭素を実現する方向に、日本が、世界が動き始めました。脱炭素を実現するプロセスの中で、原子力発電をどのように位置づけていけばいいのでしょうか。簡単に答えが出るテーマではありませんが、この記事はひとつの方向を示しています。日本がどのような選択をするにせよ、この議論は避けて通れないでしょう。原発を活用する場合も、原発を廃止する場合にも、夫々に大きな覚悟が必要になります。

“日本で最も人口の多い島、本州北部の太平洋岸が津波で壊滅的な被害を受けた震災から10年がたった。この津波は、この地域の記録に残る過去最大の海底地震が引き起こしたものだ。この地震と津波は2万人近い住民の命を奪った。10万戸以上の家屋を全壊させ、数千万人の暮らしを先の見えない混乱の中に投げ込んだ。直接的な経済損失は2000億ドルを超えるとみられる。自然災害がもたらした経済損失としては世界でも過去に例を見ない額だ。

“だが、世界の多くの人々がこの災害を記憶しているのはその規模ゆえではない。ただ1つの出来事、すなわち地震後に福島第1原子力発電所を襲った危機のゆえである。地震により原発の外部から取り込む電力供給が停止。そのうえ、津波は原発の防波堤をやすやすと乗り越え、地下の非常用発電設備を水没させた。これは予測できるリスクだったが、日本の硬直化した規制当局はこの事態を想定していなかった。電源過失により原子炉の炉心が冷却不能になり、内部の核燃料が溶融し始めた。火災と爆発が起き、警戒すべき量の放射性物質が放出される中、融け落ちた燃料が原子炉のコンクリートの基礎を浸食し始めた。世界は呆然としつつこの事態を見守った。”

ドイツのメルケル首相は、国内で稼働する原発の段階的な廃止を命じた。同首相は、反原発運動が盛んなドイツで、運動と対立する産業界の指導者の側に長く立っていたにもかかわらずだ。中国でも、進行中だった世界最大規模の原発新設計画が棚上げされた。人々がこうした反応を示すのは理解できる。だが、間違っていた。

原子力には確かに多くの欠点がある。巨大で建設に時間がかかる原発は、絶対的な費用で見ても相対的な発電量でみてもコスト高だ。壊滅的な打撃をもたらす事故が起きるリスクは、ごく小さいとはいえ現実に存在する。それゆえかなり高い水準での規制管理が必要だ。だが過去を振り返ると、規制をする側が発電事業者に支配されてしまう困った事態が生じてきた。そのことは日本の事例から十分に見て取れる。また原発は長期にわたり処理できない有害廃棄物を生む。さらに、核兵器の拡散とも関係する。欧州以外で原発を利用する国は大半が、何らかの形で核兵器開発を試みてきた。”

これらがすべて、世界中の人々が多かれ少なかれ原子力技術に対して居心地の悪さを感じる理由となっている。

“それでも、心に留めておくべきことが2点ある。一つは、原子力発電はきちんと管理されていれば安全であることだ。ソビエト連邦(当時)時代にチェルノブイリで起きた恐ろしい事故以外に、原発事故が多数の死者を出したことはない。福島で失われた命のほぼ全ては津波によるもので、放射能によるものではなかった。もう一つは、気候が危機的状況にあること。世界が気候変動対策に取り組むならば、CO2を排出することなく大量の電力を作り出す必要がある。原子力発電はこの一部を供給できる。太陽光発電や風力発電は現在かなり低コストになっているものの、安定性に欠ける。発電能力の一部が常時稼働可能であるならば、安定した電力網をはるかに容易に構築できる。原子力はこのような発電能力を、CO2排出量ゼロで実現する。実際、世界中で今、原発はそのような発電を安全かつ大規模に行っている。”

“であるにもかかわらず、先進諸国では、この安全で生産性の高い原発の稼働が停止しつつある。国際エネルギー機関(IEA)によると、運転停止や古い原発の廃炉により、先進国の原子力発電能力は2040年までに現在の3分の1に縮小する可能性があるという。もし、この減少分を新たな化石燃料発電施設で埋めるとしたら、その施設は今後数十年にわたり存続することになる。一方、もしその減少分を再生可能エネルギーで埋めるとしたら、何ギガトンもの炭素排出量を削減する機会を失うことになる。というのは、そのとき原発の代わりとなる再生可能エネルギー由来の発電能力を、化石燃料発電施設の代替として使えばほぼ間違いなく炭素排出量をより多く削減できるだろうからだ。”

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