ファッション産業がサステイナブルに再生するためには
ファッション産業がサステイナブルに再生するためには、どこから改革を始めればいいのでしょうか。原料の生産・採取、製糸・紡績、テキスタイル化(織・編)・染色・仕上げ、そして縫製と各段階での環境負荷や労働環境などすべてを問われると、現在のグローバルに展開する水平分業的な生産・調達方式(多階層で長いサプライチェーン)では、履歴をトレースすることさえ簡単ではありません。この生産・調達方式を垂直統合的(原料から縫製まで一貫管理する)なものに改編するにしても、すべての課題を克服することは難しく、また膨大な時間と費用を要することになるでしょう。労働環境や人種差別に対して配慮することが求められていますが、そうなると生産・調達の問題だけではなく、販売面でのカントリーリスクも抱え込むことになります(現在の中国で見られるように)。
生産・調達を一気に改革することが難しければ、先ずは流通・販売段階の改革から始めることも可能でしょう。環境負荷を考えれば売れ残りと廃棄の最小化は必須課題で、無理のない計画で作り過ぎないことに加え、トレンドを追って賞味期間の短い商品や、売れ残りのリスクの高いギャンブル的な商品を企画するのではなく、着回しが利いて耐久性も優れ長く着ることができるサステイナブルな商品構成に変えていかなければなりません。また売れ残りと廃棄の削減はロスとコストの削減でもあり、消費者にもメリットを分かり易く伝えることができます。
サステイナブルな商品は賞味期間も販売期間も長いので、シーズン中は補充して継続販売し、売れ残っても次シーズンに繰り越して販売可能なので、無理して価格を下げて売り切る必要もありません。また改善を重ねて何年も継続して商品を供給することで「定番」としての完成度も高まり、サプライヤーとの関係もサステイナブルなものになるでしょう。そんなサステイナブルな商品構成であれば、顧客がリピートして販売が安定し、サプライチェーンも強固なものになります。このようなシステムに移行できれば、過剰供給による売れ残りや、それを避けるための低価格販売や廃棄といった悪循環から脱却し、ブランドや価格に対する顧客の疑念も解消され、安心して購入してくれるのではないでしょうか。
短期間のトレンドを追いかけ、耐用期間も短い「ファストファッション」より、長く着られる服を大切に着る「スローファッション」の方がサステイナブルで地球環境にも消費者のお財布にも優しいですが、メディアと連携した大量生産=大量消費というシステムで事業規模の維持・拡大を図ってきたファッション業界は、抜本的な転換を求められることになります。市場が縮小する中でも売り上げ拡大に固執し、過剰供給に陥っていたファッション業界も、コロナ禍を機に加速している消費者のサステイナブルな消費行動に直面し、この転換はもはや避けて通ることはできないように思われます。
「使い捨て」ではなく「長く愛用」する商品とはどのようなものでしょうか。アパレル商品を大まかに分類すると、賞味期間も耐用期間も短い「シーズン消費財」、数年間は継続着用できる「多年性消費財」、トレンドに流されない長期間着用できる高品質な「定番的耐久消費財」に区分できます。「定番的耐久消費財」は、アイテムに特化して自社工場あるいは同レベルに管理された連携工場で、厳密に品質管理されて生産されたものです。欧州の著名ブランドが自社工場で生産するコートやジャケット、北米の歴史あるブランドが国内工場で生産するジーンズやダウンジャケットなど、各国のものづくり文化とブランド、アイテムと生産工場が長い歴史をかけて作り上げてきたものです。
素材や縫製産地の衰退が著しい日本でも、まだ綿素材、ウール素材、長繊維素材(絹や合繊)など技術力の高い産地があり、産地発のブランドを育む土壌は残っています。高品質な「定番的耐久消費財」が再評価され、現在のIT環境を利用して顧客に広く「価値」を発信していければ、産地発のサステイナブルブランドを広げることも可能ではないでしょうか。価格は高くても高品質な「定番的耐久消費財」は賞味期間も耐用期間も長く、一定期間着用後の再販価格も高くなるでしょう。愛用期間や着用回数を考えれば、十分に価格に見合うサステイナブルなファッションになり得ると思います。
販売されて消費者の手に渡った商品はいずれ再流通市場に流れて「再販価値」が問われることになります。ブランド側にしても「新品」の市場価値を維持向上するためには既販品の「再販価値」を高める必要があります。高級車ブランドは自社整備した認定中古車で中古車相場を下支えしています。宝飾品や高級時計では偽物が流通すると「再販価値」が損なわれるので、製造番号でトレースして偽物を排除しています。アパレル製品や皮革製品でも極小サイズのICタグを生産段階で縫い込んでトレースできるシステムを構築できれば、再流通管理も偽物排除も容易になり、ブランド、商品価値を高めることが可能になります。
「再販価値」を左右する大きな要素は需給関係です。過剰供給のために商品を低価格で販売するようでは「再販価値」も損なわれてしまいます。サステイナブルな商品を需要に応じて継続供給し、もし売れ残った場合も低価格販売をせず、次シーズンに持ち越せば「再販価値」も損なわれません。様々な理由で売り切れずに倉庫に眠っているような商品も、自社の再流通業態で「中古品」として販売したり、リメイクして再投入すれば新たな「再販価値」を訴求できるかもしれません。
店頭の販売状況に基づく消化予測で機械的に値引きしてシーズン中に売り切るという販売スタイルは、賞味期間と商品価値をブランド自体が縮めるもので、顧客の「正価」への信頼感を損なってしまいます。サステイナブルな商品は顧客との関係を継続し、商品構成の安定性を高め、在庫消化がフレキシブルになり「正価」販売率を高めますから、自ずと「再販価値」も向上することになるでしょう。
そして最後の段階がリサイクルです。高品質な商品でもいずれは製品寿命を終えることになります。その時に可能な限りリサイクルして再資源化できれば、サステイナブルな製品ライフサイクルを実現できるでしょう。衣料品はリサイクルが難しい製品ですが、素材選定や縫製仕様を考えることで、リサイクルし易い製品に仕上げることも可能でしょう。回収や分別の仕組みも考えなければなりません。レンタルやサブスクリプションといった新しい流通システムも活用可能です。また色々な素材が組み合わされる衣料品を効率的にリサイクルするための技術開発も必要です。課題はたくさんありますが、企業と消費者が連携して、ひとつづつ課題を克服していけば、決して実現不可能なことではないはずです。