号外:気候変動、ワイン農家への深刻な影響

みなさんはワインがお好きでしょうか。私は嗜む程度ですが、著名なフランスワインには私には信じられないような高価なものがあり、世界のワイン愛好家に珍重されているようです。地球温暖化による気候変動が、歴史あるフランスワインの製造業者にも深刻な影響を与えているという話題です。

2021年9月16日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

”ワイン用ブドウの収穫がままならなくなるであろう最初の兆しは、今年4月ごろに表れ始めた。ジュリアン・ドノルマンディー仏農相この件に関し「21世紀初頭で最も深刻な惨事となるだろう」と語った。以降、世界は幾つもの自然災害に見舞われた。9月7日、気候変動がワイン産業に及ぼす深刻な状況が明らかとなった。春の霜害と夏の大雨のせいで、今年のフランスワインの生産量が昨年水準を29%下回るとの見通しを仏農業省が発表したのだ。ドイツで洪水が起き、南欧全体を猛烈な熱波が襲い、米カリフォルニア州で干ばつの被害が拡大したことも記憶に新しい。”

”何世代にもわたり同じ品種のブドウの収穫を続けてきたワイン生産者たちは、ワイン用ブドウが生育する環境、とりわけ土壌(テロワール)に強い自信を持っている。ボルドーやブルゴーニュ、シャンパーニュにおけるブドウ畑のテロワールは、神秘的ともいえるほど素晴らしい。これらの地域では、特別な土壌、そして特有の角度で降り注ぐ太陽の光の下で、驚くべきほど質の良いワインが生み出されてきた。”

伝統と一貫性は、ワイン愛好家からあがめられるワインを生み出す重要な要素だ。仏政府もこうした点を重視した上で、銘柄を厳格に管理している。だが最も伝統と格式を重んずる生産者でさえ、今や新たな環境に適応せざるを得なくなってきている。ブドウ畑の管理・運営方法を変えるか、さもなければ新しいブドウ畑を見つける必要に迫られている。

”1935年に制定された原産地統制名称(AOC)制度の枠組み自体が覆されるだけに、ボルドーのワインがほかの場所で作られるとは考えがたいことだ。ワインの生産方法や産地はこのAOC制度によって詳細に定められている。とはいえワイン生産者の中にはいずれ、生産地を替えることを余儀なくされるところが出てくるだろう。温暖化の影響で、すでに英国のスパークリングワインは、シャンパンの代用品として十分に通用する品質にまで高まった。”

”チーズ、肉、魚、繊維など、産地を特定した製品の多くも、同じジレンマに直面することになるだろう。今後、テロワール(土壌)は気候変動の影響をますます強く受けると予想される。生産者たちは食卓のあり方のみならず、自らの生活様式までもテロワールに沿って作り上げてきた。生活の基盤だった土地が、これまで通りの生活を続けるのに最適でなくなったら、どうすればいいのだろうか。”

”フランスに限らず、世界中のワイン生産地のブドウ畑に影響を与えている気候変動の影響は気づきにくいともいえる。暖冬により早々と膨らんだつぼみは、春の遅霜に当たるとひとたまりもない。猛暑の下ではブドウの糖度やワインのアルコール度数が高くなる。オーストラリアやカリフォルニアでは山火事の煙がブドウ畑にまで流れ込み、苦みが強くて灰臭いフレーバーのワインが出来上がる。温暖化がもたらす利点もある。ブルゴーニュやシャンパーニュ、アルザス、ロワール渓谷など、伝統的に冷涼な地域は、気温上昇がプラスに働く可能性が指摘されている。南欧が酷暑にさらされる一方で、オーストラリアでは2050年代までにブドウ栽培に適した土地が2倍に拡大するとの研究もある。”

気候変動に適応するために、ワイン生産者は革新性と柔軟性を身につける必要があるだろう。これはフランスの生産者が得意とするものではない。一つひとつのブドウ畑は小さく、各生産者は極めて限られたエリアでそれぞれの生産活動に従事している。そのためうどんこ病に強い品種や遅く熟成する品種を試すといった実験すら行ったことがない。従って、まずやるべきことは、ワイン造りにおけるルールの変更だろう。”

”「フランスと異なり、カリフォルニアの新しいワイン生産者は伝統を持たず、受け継ぐべき知恵もない」。ジョージ・M・テイバー氏はその著書『パリスの審判』でこう記している。この本は、カリフォルニアワインがかの有名な1976年のブラインド・テイスティング「パリスの審判」においてフランスワインを出し抜き勝利を勝ち取った際の出来事についてまとめたものだ。本の中には次のようなくだりがある。「カリフォルニアの生産者は伝統を伝えることができない。伝統そのものがないからだ。その結果、彼らは実験者とならざるを得ない」。“

”ブドウ果汁の温度を一定に保つため、発酵・熟成にステンレスタンクを使用したのも、カリフォルニアの生産者たちが行った実験の一つだ。米西海岸はブルゴーニュよりも気温が高く、焦げたような味がするワインになりやすい。その対策として考えられたのがステンレスタンクだった。「カリフォルニアの魅力はまさにここにある。生産者は極めて広い心を持ち、冒険的で、あらゆることを試す勇気がある」。1974年当時、あるワイン評論家はこう語った。”

”公正を期すためにいえば、フランスのワイン生産者たちも、ブドウ畑を守るには進化するほかないことを理解している。フランスのワイン生産者が、カリフォルニアの姿勢を取り入れようとしているのはよいことだ。なぜなら変化対応が不十分であると、より大きな困難に見舞われかねないからだ。生産に不可欠なブドウ畑の場所や、ワインの評価方法自体を替えなければならなくなるかもしれない。自分のiPhoneが中国製かインド製かを気にする人はほとんどいないだろう。だがブルゴーニュ産ではないブルゴーニュワインは受け入れがたい。

生産地はワインの評価に大きな影響を与える。ある調査によれば、生産地がカリフォルニアではなくニュージャージーだと聞かされると、そのワインに対する専門家の評価は下がるという。ワイン愛好家はワインと生産地を関連付けることに慣れている。そのためテロワール(土壌)を変えることは大きなリスクをはらむと思われる。それが残された唯一の選択肢だったとしても、である。ワイン生産者はこうした最悪の事態を回避するためにも、可能な限りの努力を惜しんではならない。伝統に挑戦することも重要だ。より良い選択肢がなければ、あらゆる方法を試すこと自体に意味があるのだから。

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