生分解するポリエステル繊維ができたら

素材開発面や製造面(縫製)での課題

衣料用に使用される合成繊維の代表格がポリエステルです。ポリエステルは生分解しません。100年以上とかの長期間では少しずつ劣化して分解してゆくのでしょうが、製品のライフサイクルにおいて生分解機能を持っているとは言えません。したがってポリエステル100%の生地や、ポリエステルと綿の混紡で作られた生地を使用した服は生分解させることができません。もし一定の条件下で生分解するポリエステル繊維が開発されたら、どのようなことが可能になるでしょうか。

先ずはプラスティックとして生分解するPET樹脂が開発されなければなりません。ペットボトルが十分にリサイクルされていれば、生分解性PET樹脂をペットボトルに使う必要はありませんよね。衣料品のようにリサイクルが難しい用途であれば、生分解性を利用して廃棄段階での環境負荷を低減できる(サステイナビリティへの貢献)可能性があります。

生分解性PET樹脂が開発できれば、次にはそれを繊維化しなければなりません。プラスティックにとって繊維という用途は、かなりの耐久性を求められる用途です。「着心地」のことを考えると、繊維は細くて柔らかい必要があります。誰もゴワゴワした服は着たくありませんよね。衣料品はかなりの頻度で洗濯されます。防寒衣料のような重衣料でも、年に1回は洗濯(クリーニング)されます。普通に着用して洗濯しただけで、擦り切れたり、破れたりしたら困ります。したがって実使用に耐える強度を持っていることも必要です。乾燥機に入れたり、アイロンを掛けたりもしますから、耐熱性も必要です。一言でいえば、通常のポリエステル繊維と同等の品質を持ち、なおかつ生分解性を備えたポリエステル繊維が開発されないと衣料品には使えないということです。

そのような生分解性ポリエステル繊維が開発されたら、その次は繊維の加工です。長繊維はそのままで使えますが、短繊維は紡績(あるいは混紡)しなければなりません。糸ができれば、その次は織ったり編んだりして布にします。そして染色です。これらの工程では通常の設備が使えますが、その他の原料と混じらないように厳密な生産管理が必要です。

ここまでくればポリエステル100%の生地も、綿やウールとの混紡・複合した生地も、生分解処理できるものが手に入ります。もちろん天然繊維100%の生地は生分解処理できますから、かなりの服種が検討可能になってきます。繊維化できていれば、縫い糸や刺繍糸も作れます。生分解性を持ったPET樹脂があるわけですから、ボタンやファスナーも作れます。製品仕様として金属部品を避けることは可能でしょう。ここまで来ると生分解処理可能な衣料品が企画できそうです。すべての衣料品を生分解できるものにしようとすることは現実的ではないので、生分解性をもった材料のみで企画可能なシンプルな服種から検討してゆけば良いと思います。(生分解できない部材を使用すると、回収後に分別する必要があります。)

さて、生分解性を持ったポリエステル繊維、素材が開発され、それを利用して生分解性を持った服の企画ができたとして、次の課題は何でしょうか。

①材料を集める。企画に沿って生分解性を持った材料を揃えなければなりません。通常使っているものとは素材・スペックが異なるため、それぞれの材料が別注や特注になることが多いと思われます。その調達には手間と時間が掛かりますし、通常使用しているものと比較すると高コストになることが予想されます。何らかの事情で材料が不足したりすると、追加での調達は非常に大変ですし、縫製品の納期に支障がでることも懸念されます。

②縫製する。①で集めた材料をパッケージにして縫製工場へ送らなければなりません。この時に注意しなければならないのは、縫製工場では必ず指定の材料を使用して縫製するように念を押すことです。縫製工場が通常使用している材料とは別管理にして、縫製ラインで指定材料がその他の材料と混じってしまうことを避けなければなりません。このような特別管理は、製造現場にとっては大変面倒な話です。なぜそうしなければならないのかを十分に説明し、協力してもらう必要があります。

海外縫製の場合は遠隔地であるために更に管理が大変です。通常の服種であれば、素材や部材を現地調達しているケースも多いと思います。しかしこの場合は、使用する素材や部材をすべてパッケージにして送り込み、完全に別管理で縫製してもらう必要があります。余程の信頼関係がないと安心して縫製を任せることができません。

③見ただけでは区別できません。生分解性を持ったポリエステル繊維も、見た目はただのポリエステル繊維です。生分解性を持ったPET樹脂でできたボタンも、見た目はただのボタンです。縫製工場内で通常使用する素材、材料と混じってしまった場合、色やサイズで明確に区別できれば良いですが、そうでなければ見ただけでは分かりません。この点も縫製現場では大変やっかいな問題です。何らかの混同が発生した場合、実使用上ではあまり問題は発生しないと思いますが、問題が発生するのは廃衣料となって、生分解処理する時点ということになります。

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