号外:脱炭素で原子力の再評価、「切り札」としての小型炉

脱炭素は世界各国が協力して達成しなければならない課題です。日本の脱炭素を実現するためには、電源構成をどうするのかという議論を避けて通れません。国土の制約がある日本では、再生可能エネルギーである水力発電の増強や、大規模な太陽光発電や陸上風力発電の設置には限度があります。遠浅の海が少ない日本では、着床式ではなく浮体式の洋上風力発電に期待がかかりますが、欧州企業に対して技術的に後れを取っており、またコスト面での課題もあります。脱炭素電源のひとつである原子力発電については、福島第1原子力発電所での事故以降、既存原発の再稼働はなかなか進んでいません。EV(電気自動車)を増やせば、当然ですが電力需要が増加します。今後の電源構成の中で原子力発電をどのように取り扱うのか、具体的な議論を進めるべきだと思います。

2021年12月5日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

小型モジュール炉のイメージ

”CO2排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」が国際的な課題になる中、原子力発電を再評価する動きが顕著だ。英グラスゴーで開催された第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)の最中の11月9日にフランスのマクロン大統領が原子力発電所建設再開を発表したのが象徴的だ。なかでも小型でコスト競争力があるとされる小型モジュール炉(SMR)が注目される。再評価の波は、日本にも及ぶだろうか。”

”COP26開催中の11月2日、米国のケリー大統領特使(気候変動問題担当)とルーマニアのヨハニス大統領は米国製のSMRをルーマニア国内に建設すると発表した。米スタートアップであるニュースケール・パワーの小型の軽水炉で、廃止された石炭火力発電所跡地に2027~28年までに建設する計画だ。石炭火力を2032年までに廃止していくルーマニアの脱炭素政策を後押しする。建設されるSMRは電力供給だけでなく、高温の熱をCO2排出削減が困難な工場に供給したり水の熱分解で水素を製造したりすることも視野に入れているようだ。”

”11月3日には米国のジェンキンス国務次官(軍縮・国際安全保障担当)がCOP26会場で「ニュークリア・フューチャー・パッケージ」を発表した。ポーランドやケニア、ウクライナ、ブラジルなどの国名をあげ、大型炉やSMR、原子力による水素製造などの技術支援を進めるとした。支援の背景には気候変動対策以外にも狙いがある。化石燃料への依存が高い東欧では脱炭素実現のために原子力利用への強い動機があり、ロシアが自国製原子炉の売り込みを強めている。世界的に見ればアジアやアフリカで、中国が自国製原子炉を売り込んでいる。米国は原子力の世界での影響力を失わないよう民間ベースの商戦をバックアップする戦略だ。”

小型・中型の新しい原子炉の特徴

”一方、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が出資する米国の原子力ベンチャー、テラパワーは11月16日、米ワイオミング州内に新型炉を建設すると発表した。出力34万5000キロワットと中型炉の大きさで、厳密にはSMRとは言えないが、同じ市場を狙う新技術だ。米ゼネラル・エレクトリック(GE)と日立製作所の原子力合弁会社、GE日立ニュークリア・エナジーとともに開発した。米西海岸の電力会社、パシフィコープとの共同プロジェクトだ。独自のエネルギー貯蔵システムを併設し必要な時にいつでも50万キロワット相当の電力を供給可能という。出力変動する再生可能エネルギーとの協調的な運用を目指しているようだ。プロジェクトは米政府「先進的原子炉実証プログラム」の支援を受けており、米エネルギー省のグランホルム長官は「革新的な技術が信頼できる電力供給の継続とエネルギーシステムの移行、新規雇用の創出をもたらす」とのコメントを発表している。”

”米国だけではない。マクロン仏大統領はすでに10月12日に10億ユーロ(約1300億円)を投じてSMR開発を進めると表明、11月9日の大型軽水炉(EPR=欧州加圧水型軽水炉)の建設再開宣言で、オランド前大統領が示した原子力依存を電力供給の5割まで引き下げる方針(現在はおよそ7割)を事実上撤回したと受け取られる。また英ロールス・ロイスも11月10日、米国の電力・ガス会社のエクセロン・ジェネレーションとともにSMRの開発に約2億ポンド(約300億円)を投じると発表している。”

SMRは原子炉の主要部をモジュール化し工場生産するため、工期を短くできコストダウンも可能なのが利点とされる。例えばニュースケール社のSMRは原子炉1基が出力7万7000キロワットで、必要に応じて12基まで増強できる。また原子炉本体をプールの底に沈めた構造で炉心溶融など重大事故を起こしにくいという安全性もセールスポイントだ。同社のSMRは初号基の建設が米アイダホ州に決まっている。小型モジュール化で150万キロワット級の大型炉と競争するにはまとまった数量の生産が大前提となる。ニュースケール社などが米国内だけでなく海外市場も狙うのはコストダウンのためには必然だろう。”

国際エネルギー機関(IEA)は今年(2021年)5月、2050年の脱炭素を想定した「ネット・ゼロ・シナリオ」を公表し、達成に向け原子力の貢献を重視した。先進国では今後新たに建設される原発のうちSMRが占める比重が大きくなると予測する。経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)は2050年までに3億7500万キロワットの市場を見込む。”

脱炭素を背景にした原子力再評価に対して海外でも批判や反対はある。SMRに振り向かず脱原発を目指すドイツのような国もある。原子力は多くの国で決して愛されているとはいえない。しかし、求められる技術といえそうだ。日本ではどうか。4月14日の資源エネルギー庁の原子力小委員会で「原子力のポテンシャルの最大限発揮」と題した資料が提出され、大型の次期軽水炉やSMRが議論の俎上にいったんはのった。また日本原子力学会が中心になって東京電力福島第1原発の教訓を設計段階で取り入れた次期の大型軽水炉の研究が進んでいる。しかし10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画で「ポテンシャルの最大限発揮」は取り上げられなかった。「可能な限り原発依存度を低減する」との既存の政府方針との整合性が問われたとみられる。

日本は「2つの『じゅよう』がない」と指摘されている。原発への社会的受容性と電気事業者からの現実的な需要だ。今世紀後半を見通せば原発の新規建設が必要なものの、大手電力会社にとって当面は、既存原発の再稼働や60年長期運転の実現、建設・計画途上にある原発の完成・稼働などまず解決すべき課題が多いのは確かだろう。まして建設や運転経験のないSMRとなると安全審査は慎重にならざるを得ないだろうし、社会的受容性もまったくの未知数だ。国内でもSMR期待論がささやかれるが、欧米と日本では直面する課題も異なる。少なくとも日本では、原子力再評価の切り札になるとみるのは楽観的にすぎるというのが現状だ。”

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