本場欧州の服飾業界で活躍する日本人の「職人」②
前回はパリの服飾業界でMOF(フランス国家最優秀職人章)を獲得し、ご活躍される帽子職人とかばん職人の話題でした。フランス以外でも英国やイタリアで活躍する日本人の職人さんがいらっしゃいます。
”紳士用品の伝統が息づく英国ロンドンで、ワーキングマザーの日本人職人が活躍している。松田笑子さん(45)は2人の男子を育てながら、2020年に自宅の一角でオーダー紳士靴の工房「エミコマツダ」を立ち上げた。英国の伝統的なデザインだが流れるようにスマートなシルエットが売り物。インスタグラムで情報発信し、顧客の元に出向いて注文を取る。2021年8月に独立後初めて東京都内でトランクショーを開催。1足4000ポンド(約62万円)するが、予約枠はいっぱいだった。”
*トランクショー:特定のブランドがわずかな荷物(トランクに入る程度の)を持って百貨店などの会場を訪れ、そこで開催される「展示・受注会」のような催し。
”会社員時代に靴作りに関心を持ち、1997年に渡英して靴作りを学んだ。木型の名人として知られ、個人的に教えを受けていたテリー・ムーアさんの誘いで、1840年創業の老舗紳士靴店「フォスター&サン」に2001年に就職。分業化が進んだ英国では珍しく、型紙や木型、靴底付けなどすべての工程を学び、監修できる唯一の存在だったため、2010年ごろから工房の事実上の責任者になった。王室御用達が集まるロンドン・ウェストエンド地区の老舗で日本人、しかも女性が工房のトップになるのは異例であり快挙だった。”
“2度の出産後も子供を保育所に預けながら働いたが、公私ともに大きな力になったのは2005年に結婚した夫だ。日本人で団体職員をしていたが英国で仕事を続けたい松田さんに理解を示し、英国に渡って靴職人となった。家事や育児だけでなく松田さんの仕事を手伝うこともある。日本では松田さんを知る愛好家は多く、著名ミュージシャンなど日本人客が全体の7割を占める。英国ではインスタで関心を持った新規顧客も増加。「英国でも日本人が作ればメード・イン・ジャパンだという人もいる。英国式の靴をその土地で作ることに意味がある。師匠から受け継いだ伝統を残していきたい」と話す。”
”松田さんが勤めたフォスター&サンは昨年、長年店を構えたロンドンの名店街ジャーミンストリートから撤退した。この10年ほどで欧州ではテーラーや靴工房など、職人技に支えられる老舗が相次ぎ廃業や事業縮小に追い込まれている。その流れはコロナ禍で加速しており、日本人職人の店が将来、現地の新たな顔になる可能性がある。”
”「イタリアで働くことは世界で働くこと」。宮平康太郎さん(39)は2004年にイタリアに渡り、フィレンツェのテーラーで修行。2011年に「サルトリア・コルコス」として自宅兼工房で独立した。
”日本の紳士服メーカーに勤めていたとき、大阪市内でフィレンツェに本店のある紳士服店のスーツを見て「これだ」と開眼。そのスーツを作っていたテーラー「セミナーラ」の門をたたいた。その後、別のテーラーを経て独立した。2012年からはファッションブランドが集まるビーニャ・ヌオーバ通りに工房を構える。”
”当初は日本人のお客が多かったが、海外の洋服好きが情報交換するサイトで話題になり、米国やドイツのお客が増加。2014年にインスタグラムを始めると、欧米やアジアからの注文が一気に増えた。2016年以降はミュンヘン、ストックホルム、パリ、香港でトランクショーを開催。注文をさばききれず、2018年に米ニューヨークなど世界5都市で再開するまで新規受注を停止するほどの人気だった。日本では2016年以降新規顧客を取っていなかったが、2021年5月にトランクショーを再開したところ、20人の予約枠が約5時間で埋まった。同年12月に再開したニューヨークでも30人が集まるなど、新型コロナ禍でも集客は衰えない。”
”現地起業といっても、センスや技術だけでは難しい。参入の壁は高く、就労ビザや永住権は欠かせない。フランスなどでは社会保障関連など雇用主の負担が重く、従業員を簡単に雇えない事情もある。会社を設立しても実質1人で外部の職人と協力しながら仕事をするケースも少なくない。”
”そんな中、海外で独立起業し、日本に「逆上陸」する職人も出てきた。かばん職人の大平智生さん(48)はフィレンツェで修行し、2006年に工房「シセイ」を立ち上げた。日本の百貨店や専門店向けに既製品中心の展開だったが、2021年11月に東京都渋谷区に初めてオーダーを扱うショールームを開いた。製品はサンプルを基に素材や細部を変更できるパターンオーダーで、年2回以上来日して注文を受ける。人気の紳士向けトートバッグで27万5000円と既製品の2倍するが、受注会では1週間で他のモデル含め約25件と予想以上の注文を得た。”