号外:ウクライナの種子銀行が危機、世界の食糧確保にも影響

みなさんは種子銀行(シードバンク)という機関のことをご存知でしょうか。シードバンクとは、遺伝的多様性の維持のために植物の種子を保存する施設または組織のことです。そこで保存されている種子は、農業利用されている植物の収量増加や、新たな害虫や病気、気温上昇による乾燥などに耐えられる新しい植物種を育てるための原材料として利用されます。また一般的に生物多様性を守るための生息域外保全のひとつであり、自然災害や病虫害、戦争などの不測の事態から種子を守ることができます。まさに人類にとっての貴重な財産です。ロシアがウクライナに侵攻して戦争状態にありますが、戦禍はこのようなところにも及んでいます。

2022年6月6日付け日経ビジネス電子版に掲載された記事より、

ウクライナの戦場に近い国立シードバンク(種子銀行)の地下貯蔵庫で、約2000種に及ぶ穀物の遺伝子コードが永久に損なわれる危機に瀕している。その危険性が注目されたのは今月、近くの研究施設の損傷がきっかけだった。シードバンクと研究施設は、ともにロシア軍の集中爆撃にさらされるウクライナ北東部の都市ハリコフにある。損傷を報告した国連食糧農業機関(FAO)設立の非営利組織、クロップ・トラスト(在ドイツ)は、攻撃されたのは研究施設だけだとし、安全保障上の理由から詳細な説明は避けた。ロイターは損傷の原因を特定できなかった。”

ウクライナのシードバンクは世界10位の規模だが、貯蔵されている種子のうち、遺伝子コードがバックアップされているのはわずか4%。危機一髪の状態だ。クロップ・トラストの執行ディレクター、ステファン・シュミッツ氏はロイターに対し「シードバンクは人類にとって生命保険のようなもの。干ばつや新たな害虫、新たな病気、気温上昇などに耐えられる新しい植物種を育てるための原材料になる」と説明。「ウクライナのシードバンクが破壊されたら、悲劇的な喪失になるだろう」と危機感をあらわにした。シードバンクの責任者には連絡が取れなかった。ウクライナの科学アカデミーはコメントを控え、ロシア国防省からは今のところコメント要請への回答がない。”

研究者らはシードバンクに貯蔵されている遺伝子物質を頼りに、気候変動や病気への耐性を持つ植物を育てている。世界中が異常気象に見舞われる今、地球人口79億人に行き渡る食品を毎シーズン確保する上で、シードバンクは不可欠の役割を果たすようになっている。

”先のシリア内戦では、ノルウェーにある世界最大のシードバンク「スバルバル世界種子貯蔵庫」における種子保全の重要性が痛感されることになった。ここは世界でもっとも重要な種子のバックアップ・複製施設だ。2015年、シリアの都市アレッポ近郊にあるシードバンクが破壊されると、スバルバルはレバノンの研究者らに向け、乾燥地帯に適した小麦や大麦、草の種子サンプルを送った。スバルバルは北極圏の山腹にある貯蔵庫に100万種を超える種子サンプルを保管している。この中にウクライナの種子15万種の4%、数にして1800種余りが含まれる。クロップ・トラストはウクライナに種子複製のための資金援助を行ったが、戦争と自然サイクルに絡む安全保障や物流上の問題があるため、複製スピードを加速させるのは難しい。”

”シュミッツ氏の推計では、1年以内にバックアップできるのはウクライナの種子のせいぜい10%程度にとどまる見通し。複製した種子をスバルバルに送れるようになるまでには、適切な時期に作付け、育成、収穫を行う必要があるからだ。緊急措置として、複製をあきらめて種子をそのままスバルバルに送る手もあるが、シュミッツ氏によると戦時下では現実的ではなさそうだ。”

シリアの種子は定着農業発祥の地とされる「肥沃な三日月地帯」から生み出される。ウクライナもまた世界的な農業の中心地だ。ノルウェー農業・食料省の上席顧問、Grethe Helene Evjen氏は「ウクライナの農業の歴史は、先史時代にさかのぼる」と語り、同国の種子の多くは独自の種類だと付け加えた。Evjen氏によると、同省はウクライナの種子複製を支援し、すべての種子をスバルバルに保管する用意があるが、ウクライナ当局からまだ要請は受けていない。”

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