号外:エネルギー危機をてこに気候対策改善を

コロナ禍からの経済回復局面に、ロシアのウクライナ侵攻の影響が重なり、世界的にエネルギーの需給が逼迫しています。日本でも電気料金やガス料金、ガソリン代などが上昇し家計を圧迫しています。世界は気候変動対策として再生可能エネルギーの利用を推進し、化石燃料の使用を抑制する脱炭素を目指していますが、エネルギー危機に直面し、化石燃料の使用抑制にも影響がでることが懸念されます。気候変動対策とエネルギーの安定供給は、困難を克服しながら両立させなければならない課題です。

2022年6月22日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

2022年に起きたエネルギー危機は、1973年と79年の中東発の石油危機以降で最も深刻だ。この2度の災難と同様、短期的には痛みをもたらすとともに、長期的にはエネルギー産業の変革が見込まれる。痛みを避けるすべはなく、燃料や電力価格の高騰により、ほとんどの国が低成長やインフレ、生活水準の低下、激しい政治的反発に直面している。ただ、長期的な影響は決して予断を許さない。政府が対応をしくじれば、化石燃料への回帰を招き、気候変動を安定させるのは一段と難しくなる恐れがある。そうならないよう、各国はエネルギーの安定供給と気候安全保障を両立させる険しい道を歩まねばならない。”

欧州ではエネルギー不足の影響から真冬に極寒の夜を過ごすという悪夢が想定されてきたが、今や夢に出てくるのは真夏の酷暑だ。ロシアが6月14日、欧州西部に天然ガスを送るパイプライン「ノルドストリーム」の供給量を減らし始めると、天然ガスの価格は50%高騰し、年内に配給制が導入されるとの懸念が高まった。それでも、スペインでは熱波の影響でガス需要が過去最高水準に達している。一方、米国民は1ガロン(約4リットル)あたり5ドル(約676円)のガソリン代を支払い、インフレに拍車がかかっている。インフレは今、米世論調査で最大の懸念事項に挙げられており、バイデン米大統領にとって最大の頭痛の種だ。オーストラリアの電力市場は需給の逼迫で危機に陥っている。どこを見渡してもエネルギーは不足し、供給が不安定になっている。

エネルギー危機は政治的な大惨事につながりかねない。富裕国のインフレ率は今や8%に達しているが、おそらくその3分の1は燃料や電力価格の高騰で説明がつく。光熱費の支払いに苦しむ家計は怒りを覚えており、暮らしを守るための政策や、環境負荷の高い化石燃料の生産を促す政策が導入されている。グリーン革命を公約に掲げるバイデン氏は、ガソリン税の一時停止を議会に要請したのに加え、サウジアラビアを訪問して石油増産を求める計画だ。欧州では、エネルギー企業の超過利潤に対する課税や補助金の提供、価格の上限設定といった緊急措置が講じられている。ドイツでは、エアコンの使用で電力需要が増える中、休止させていた石炭火力発電所を再稼働させる方向だ。一方、環境派の人たちが消滅間近と期待していた中国とインドの国営鉱業各社は、記録的な量の石炭を採掘している。

”こうした予期せぬ混乱が生じるのも無理はない。だが、この混乱はクリーンエネルギーへの移行を失速させかねないし、悲惨な結果を招く可能性もある。化石燃料に対する公的な補助金の提供や税制優遇措置は、そう簡単には撤回できないからだ。30~40年の寿命を持つ火力発電所や油田・ガス田が新たに開発されれば、その所有者が化石燃料の段階的廃止を拒む理由がさらに増える。それ故に各国政府は、目先の問題に対処しつつ、エネルギー産業が直面している根本的な問題に取り組むことに注力しなければならない。”

優先課題の一つは、2050年までに温暖化ガス排出量を大幅に削減する目標を達成すべく、意図的に寿命を15~20年に短縮した化石燃料、特に比較的クリーンな天然ガスの開発事業を強化する方法を見いだすことだ。特に欧州とアジアは、それぞれロシア産のガスと石炭への依存から脱却しなければならないが、液化天然ガス(LNG)取扱量が少なすぎる。ここでカギになるのは、短い寿命を想定した開発計画に企業の支持を取り付けることだ。選択肢の一つとして、政府とエネルギー業界が設備の早期停止を承知の上で、稼働期間の十分なリターンを保証する契約をLNG供給者側に提示することが考えられる。もう一つは、例えばCO2の回収・貯留(CCS)によってそうした事業のクリーン化を図るよう、最終的な国の支援を約束することだ。”

だからといって、再生可能エネルギーを推進する動きを弱めるわけではない。気候危機への世界の対応は総じてお粗末だが、その中で再生可能エネルギーの推進はこれまでに最も成功している部分だ。欧州の送電網に供給される太陽光の電力が1キロワット時増えるごとに、ロシア産燃料を使う電力供給は同じだけ減っていく。各国政府は送電網の到達範囲や容量、貯蔵能力を増強するとともに、再生可能エネルギー発電の容量拡大を今も必要以上に難しくしている障害を取り除かねばならない。送電網と電力市場の設計はまさに政府が取り組むべき問題だが、政府は20世紀型の発想にとらわれることがあまりに多い。”

”21世紀型の発想としては、再生可能エネルギーへの依存を安全かつ効果的なものにするゼロカーボンの「安定した」電力を、強靭なスマートグリッド(次世代電力網)に供給する新たな方法へと転じていくことだろう。この分野では、再生可能エネルギーを使って水から水素を製造したり、CO2の貯留設備で天然ガスに水蒸気を加えて水素を取り出したりする技術が重要になりそうだ。原子力発電も多くの地域で使われるようになるかもしれない。環境意識の高い原発推進派は、最先端だが実績のない小型原発にこだわる傾向が強い。それよりも重要なのは、大型原発の建設を改善することだ。脱原発を求める声が強く、世論がまとまっている国では、政府が事故防止策の強化や、放射線廃棄物の新たな貯蔵方法を示すことで、国民の支持を取り付けなければならない。政治家は有権者に対し、化石燃料と原子力をいずれも排除するエネルギー転換を望むことなど実現不可能だと伝える必要がある。

”最後に求められるのは、エネルギー産業の予見可能性を高めることだ。20世紀のエネルギー市場が戦争や数々のクーデター革命、中国の需要増、新技術の台頭に対応してきたことを考えると、これは奇妙に聞こえるかもしれない。しかし、昨今は気候変動への対応で投資の大幅な増額が求められる一方で、不確実性が一段と高まっている。国際エネルギー機関(IEA)によると、2050年までにCO2排出量を実質ゼロにするには、年間投資額を5兆ドルに倍増しなくてはならない。だが、足元のエネルギー危機とそれへの政府の対応の混迷ぶりは、投資家を不安にさせる恐れがある。投資を促進するには、グリーンウォッシュ(見せかけだけの気候変動対策)や、供給網全体で脱炭素を進める「グリーンサプライチェーン」を国内に構築するという保護主義的な方針、ガス開発事業への融資を停止する金融機関の愚かな判断などを排除しなければならない。必要なのは、どのエネルギー源をいつまで使えるのかを明確にしつつ、着実に施策を進めていくことだろう。

”具体的には、企業が各社のもたらす外部効果を把握できるよう情報開示を強化し、各社が環境汚染のコストを実感できるようにCO2排出に値付けをするカーボンプライシングの導入を広げ、汚染につながる技術の段階的廃止を義務付ける規制を設けるべきだ。2022年に起きた大きなエネルギー危機は災難だ。だが、政府が政策の改善を図り、エネルギーの安定供給と気候変動対応との矛盾を解消するために必要な投資を誘発するきっかけにもなり得る。

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