号外:税金投入で小麦価格維持の矛盾

小麦の輸入は国家貿易として政府が管理し、輸入小麦の取引価格が上がらないように政府が対策を取るというニュースは聞いていました。しかしそのことが、この記事で取り上げられているような「ゆがみ」を生じさせる懸念があることまでは、思い至っていませんでした。そうですよね、政府が価格介入する財源は、結局のところ国民が負担することになるのですよね。場当たり的な対策によって、国際情勢や日本の食料自給率といった根本的な課題から国民の目を逸らすことになっては、本末転倒だと思います。

2022年8月26日付け日経ビジネス電子版に掲載された記事より、

食料を巡り、不穏な動きが頻発している。相次ぐ食料品の値上げや、高騰する穀物価格相場。漁業では不漁が常態化し、畜産業者は飼料高騰にあえぐ。日本の食料自給率は38%と先進国で最低。そもそも、非効率な農地利用や飼料の輸入依存など、構造的な課題に有効な対策を打てていなかった。そこに、円安や戦争による世界的な需給逼迫といった短期的な環境変化が追い打ちをかけた格好だ。”

大規模な小麦栽培

“輸入小麦の取引価格が上がらないよう、政府は秋以降に特別な措置を導入することとなった。税金もしくは国債が財源となりそうだが、国民のお金や借金で外国産小麦を優遇し、国産への需要シフトが阻まれるという矛盾を抱える。日本は小麦の9割を輸入に頼っている。主な輸入先は米国、カナダ、オーストラリアだが、ウクライナ危機により国際相場が高騰し、調達価格は急上昇した。小麦の輸入は国家貿易として政府が管理している。外国から買い付ける経費には「マークアップ」として手数料や国内生産の振興費を上乗せし、民間の製粉会社に売る。この「政府売り渡し価格」は2021年10月に19%上昇、2022年4月には17.3%上がった。次の価格改定は10月だ。海上運賃と国際相場から計算すると約2割の値上げが必要だが、政府は価格を据え置く方針となった。ここには深刻な矛盾もある。海外からの仕入れコストは高いのに、税金や国債を財源にして実質的に補填し、安く企業に売る。”

パンやパスタの値上げが見かけ上は抑えられても、実際には国民が負担するのだ。帝国データバンクによると、2022年の食品値上げは8月中にも合計2万品目を超える見通しで、家計への影響は幅広い。それでも今回の政策だと、製粉会社が輸入小麦を仕入れるコストを国民が補助していることになる。市場原理に任せていたら、いずれはコスト上昇分が製粉会社から加工食品メーカー、そして消費者へ添加されていた。そのプロセスをこのように置き換え、負担感を見えにくくしたというのが実際のところだ。”

“例えばガソリン価格への補助ならせめて「車をよく使う地方の住民を、国民全体のお金で支援」という名目もある。小麦の場合は都市部でも地方でも、どの所得階層でも消費する。この価格補填は、納税額の一部が「小麦製品の価格抑制」として自分に戻ってくるだけのブーメランのような性格になりやすい。財源が国債の場合は、そこに金利まで付くことになる。食費の上昇対応なら、低所得者への直接給付のほうが合理的ではないか。しかも「見かけ上の価格据え置き」がもたらす副作用もある。本来なら輸入小麦の価格上昇によって、国産小麦や米粉への代替需要が生じたはずなのに、それも阻害される。小手先の対応ではなく、極端な輸入依存という根本問題に取り組まないとならない。”

ウクライナからの小麦輸出

“足元の価格維持に成功しても、いつまで財源を投入するかという課題は残る。ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに小麦の国際相場は3月に急騰。米シカゴ商品取引所の先物価格は、一時的に1ブッシェル14ドル程度まで上昇して過去最高値を更新、1年前の2倍強になった。ロシアとウクライナは両国で世界の小麦輸出の3割を占めるため、戦争によって品薄になるとの懸念が広まったのだ。世界輸出の13%をウクライナが占めるトウモロコシも高騰した。穀物相場はいったん落ち着きを取り戻したかにみえるが、予断を許さない。ウクライナからの穀物の輸出再開も相場沈静化の要因となったが、決して楽観できる状態ではない。”

「今年の穀物の収穫量は半減する恐れがある」。ウクライナのゼレンスキー大統領は7月末、ツイッターにこう投稿した。同国はトルコと国連を仲介役として、南部オデーサ港からの穀物輸出再開で7月22日にロシアと合意した。ただ、米農務省は「ウクライナのほとんどの農家が、穀物を長期保存できるような空調設備を備えていない」と指摘。在庫が劣化すると新たな収穫分に頼るしかないが、前年度比41%減の1950万トンのみと予測されている。”

小麦・トウモロコシの先物相場

“英王立国際問題研究所によると、戦争前、輸入小麦に占めるウクライナ産の比率はチュニジアで48%、レバノンで52%に達していた。これらの国に対してはロシアが小麦を大幅に増産して輸出機会を狙っているとされるが、今度は肥料問題によって穀物価格が高止まりすることが懸念されている。米ブルッキングス研究所によると、主要な肥料原料のカリウムはロシアとベラルーシが世界貿易の4割を握る。世界銀行によると、塩化カリウム肥料の国際相場は1年前の2.8倍だ。尿素についても世銀の農業エコノミストは、歴史的な高価格帯が続くと想定している。”

輸入小麦の取引価格は、本来ならこうした国際情勢やコスト構造を食品メーカーや国民にも知らせるシグナルだった。ここ数ヶ月は「外国産小麦の値上がりによって高コストだった国産小麦との価格差が縮まり、国産への引き合いは徐々に増えていた」(商社)。そして菓子類で米粉への代替需要も生じていた。あえて政策的に価格介入することは「ゆがみ」を生じさせることになりかねない。

Follow me!