メキシコ発のビーガンレザー、「サボテン革」

とても興味深く、共感できる話題です。サボテンを原料にして、牛革や石油由来の人工・合成皮革の代替品を生産する企業が、メキシコにあります。再生可能な地元の特産品(?)を資源として、環境負荷の低い素材を開発し、世界のトップブランドへ提供する。このとても夢のあるビジネスの未来に期待したいと思います。

2022年10月9日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

“大都市から遠く離れたジャングルや山岳地帯、視界一面に広がる乾燥した台地。気候や地形の変化に富んだ中南米で、格差の拡大や経済発展に伴う資源・人材の有効活用、そして環境問題への関心が高まっている。こうした問題を解決しようと中南米をベースに活躍する起業家がいる。”

“身近にある資源に着目し、環境意識の高まりを追い風に快走するメキシコ企業がある。サボテンを加工して革を模した合成素材「デセルト」を展開するアドリアーノ・ディ・マルティだ。植物由来の原料でつくる「ビーガンレザー」は、環境問題への意識が高い欧米企業など高級ブランドでの採用が相次いでいる。

ジバンシーのリップバーム

「唇をケアして、地球をケアしよう」。仏LVMHモエヘネシー・ルイヴィトン傘下の高級ブランド「ジバンシー」は4月、SNS(交流サイト)「インスタグラム」に、一見不釣り合いとも思えるサボテンの葉と共に、1本のリップバームの写真を投稿した。唇に潤いを与える新製品の容器に、サボテンからつくった合成素材のデセルトが採用されたのだ。環境に配慮するメッセージが添えられたジバンシーの投稿写真は、「革新的で環境に優しく、ゴージャスだ」と評価された。化粧品だけではない。今年1月に米ラスベガスで開かれたデジタル技術見本市「CES」で独メルセデス・ベンツが披露した電気自動車(EV)のコンセプト車「EQXX」の座席に採用されたのも、この「サボテン革」だった。

“世界的な高級ブランドによる採用が相次ぐデセルトを製造するアドリアーノ・ディ・マルティの創業は2019年。異例の快進撃は、共同創業者である2人のメキシコ人の出会いから始まった。メキシコ出身のアドリアン・ロペスさん(30)とマルテ・カサレスさん(30)は2009年に、中国語を学ぶために台湾にいた。留学前に面識はなかったが、共通の友人を介して知り合うとすぐに意気投合した。同じメキシコ人というだけでなく、偶然にも2人は同じ生年月日だったのだ。”

デセルトの共同開発者

“その後、ロペスさんは台湾の大学を卒業し、現地の家具業界で働き始めた。カサレスさんはメキシコに戻り、大学卒業後はメキシコ中部ハリスコ州グアダラハラでファッション業界の道に進んだ。「同じ星の下」に生まれた2人は別々の道に進んだものの連絡を取り合い、互いの未来について頻繁に語り合っていた。ある日、ロペスさんが「家具業界で働けるのはうれしいが、動物の革や石油由来の素材を使うのは残念だ」と漏らすと、カサレスさんは「僕も同じ気持ちだ」と応じた。家具業界ではソファや椅子、ファッション業界ではバッグや靴に大量の革を使う。生育に多くの飼料や水が必要な動物の皮革製品は、環境への負荷が大きい。動物愛護の観点からも懸念が高まっている。石油由来の人工皮革や合成素材も、製造から廃棄までの過程で環境負荷がかかる。異なる業界で働く2人は既存の素材を使い続けることに懸念を抱いていた。”

“メキシコに戻ったロペスさんは2017年にカサレスさんを訪ね、再会を果たした。「動物由来や石油由来の『革』に取って代わる素材を探そう」と複数の植物を試した。だが思うように合成素材を製造できず、最後にたどり着いたのが最も身近にある植物のサボテンだった。”

ビーガンレザーとパーパス

サボテンはメキシコ各地で自生し、手に入りやすい。少量の水で育つので灌漑設備は不要で、殺虫剤や肥料も必要ない。伐採ではなく毎年成長する葉先をカットするので環境にも優しい。植物なのでCO2を吸収してくれる上、廃棄されても自然の中で分解される。メキシコ人にとって最も身近な植物のサボテンは、種類によっては、葉や果実が食用としてスーパーでも売られている。「サボテンが『ここにいるよ』と語りかけてきたようだ。こんな近くに解決策があったなんて」。カサレスさんはサボテンを「再発見」した心境をこう振り返る。”

“ロペスさんとカサレスさんには、バイオ技術に関する研究開発の経験がなかった。周囲からは「サボテンから革をつくるなんて無謀だ」という声が多かった。それでも、サボテンを原材料にすることにこだわり、メキシコのバイオ技術の研究者らの協力を得て、本格的に素材開発に乗り出した。デセルトは、収穫したサボテンの葉をすりつぶして加工している。だが当初は、従来の皮革製品のような強度や風合いを出せなかった。原因は水分だった。中部のサカテカス州で収穫したサボテンを現地で乾燥させて、メキシコシティに運んでいたが、輸送過程で水分を吸収してしまうからだった。そこでメキシコシティの工場で乾燥させる工程を導入した。さらに素材の配合などにも工夫を凝らし、2年の歳月を経て従来の革製品に近い品質の素材を実現した。

国外を中心に、1000社以上の顧客を抱えている。スポーツブランドの独アディダスがボクシングのグローブに採用する等環境意識の高い世界的な有力企業が目立つ。サボテンが原料のデセルトは現在、100ヶ国以上に輸出され、バッグや靴などに採用されている。合成素材に占めるバイオ素材の構成比率は、当初の30%から現在は80%まで高まった。価格は動物由来の革と石油由来の合成素材の中間だという。カサレスさんは「大量生産すれば価格を下げられる」と、ビーガンレザーの普及が可能にする、動物にも環境にも優しい未来に思いをはせる。”

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