「パタゴニアの次」への号砲

先日、パタゴニアの創業者が、環境保護活動を継続して支援してゆくために、全株式を拠出して基金を設立し、パタゴニアという企業が新しい所有形態へ移行したという話題をお届けしました。「企業は何のために存在するのか?」という問いを考える時に、企業が社会や環境と接点を持って活動している以上、その維持・改善のために継続的に取り組むということは必要なことだと思います。パタゴニアの創業者が投じた一石に、世界はどのように反応していくのでしょうか。

2022年10月28日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

パタゴニアのパーパス

“英国の美術館にあるゴッホの「ひまわり」に続き、ドイツでモネの「積みわら」が標的になった。環境活動家がスープやマッシュポテトを浴びせるエコテロリズム。気候変動対策を求める自分たちの主張に注意を引く意図がある。作品襲撃への苦々しさを人々に抱かせ、共感を呼ばないだろう。”

“では、同じく絵を使ったこの訴えはどうか。「しんぴんよりもずっといい」は、海に捨てられた漁網が生態系を壊し、再利用が大事だと説く絵本だ。1973年創業のアウトドア用品会社、米パタゴニアが5月に発行した。長持ちする製品の開発や取引工場の労働改善など、地球と人を守るのに熱心な同社らしいが、子供を教え諭すための空想ではない。下敷きの実話がある。”

“2013年、サーファーのデイビット・ストーバー、ケビン・エーハン両氏らが米ブレオを設立した。古い漁網が海洋プタスティック問題を深刻にすると知り、回収して製品材料に加工する事業を始めるためだ。まずスケートボードをつくって販売した。転機は翌年訪れた。食糧や自然保護などのスタートアップに投資するパタゴニアのファンド、ティンシェッド・ベンチャーズからの出資だ。徐々に関係が深まった。

ブレオとパタゴニア

「残りの人生をスケートボードを売って過ごすか、大きなインパクトを生むか」。エーハーン氏はパタゴニアからの問いかけを覚えている。同社の製品にブレオの素材を利用する研究開発が進み、いまは1225ある製品の9.5%に使われる。2022年には旗艦製品のジャケットにも採用された。ブレオにとってパタゴニアは単に太っ腹なパートナーではない。自社と同じ高い水準の振る舞いを要求する。公益重視の経営をするための法人格ベネフィット・コーポレーションとBコープ認証の取得、売上高の1%を環境保護に寄付する活動への参加をブレオは課された。「必要なのはキャッチーな宣伝文句ではなく、本物であること」。ストーバー氏は言う。苦労の甲斐はある。素材の供給先がアパレルなど約20社に広がり、電気自動車(EV)での利用も視野に入る。漁業従事者に環境問題を教えつつ漁網を回収する国はチリや米国など6に増え、自社の処理施設では約30人が働く。2022年は通期で黒字を見込む。

ブレオが回収した漁網
パタゴニアの新たな所有形態

“こうした実行力への評価だろう。パタゴニアはカナダの調査会社グローブスキャンなどが実施するサステイナブル(持続可能)な経営ランキングで2位。環境配慮型の日用品を手広く扱う1位の英ユニリーバとここ数年は2強だ。2010年ごろまでは自社の環境負荷を減らす石油、化学会社がランキング上位だったが、その後は製品やサービスそのものをサステイナブルにする企業が評価されるようになった。企業家では米マイクロソフトのビル・ゲイツ氏や米アマゾン・ドット・コムのジェフ・ベゾス氏の気候変動への取り組みが目立つが、彼らは事業で手にした富や力を、経営とは切り離して使っている。つまり、ビジネスと社会課題解決の間に垣根がある。

サステイナビリティーのリーダー企業

“その点、クライマーでパタゴニアを創業したイヴォン・シュイナード氏は時代の先取りといえる。ビジネスと社会を一体でとらえ、2018年に「故郷である地球を救うためにビジネスを営む」と明言した。2022年9月には環境危機と闘う資金を増やすため、会社の所有形態の見直しを表明した。創業家が持つパタゴニア全株を新設の信託と非営利団体に寄付し、創業家への配当を無くして環境保護にまわす。上場も選択肢だったが、シュイナード氏は退けた。長期的な活力や責任より短期の利益を優先する圧力にさらされるとの理由だ。半世紀の経営でたどり着いた結論に違いない。この筋金入りの姿勢がブランド力の源でもある。だが、ここに次の世代の起業家が挑むべきテーマが浮かぶ。”

“独社の推計でパタゴニアの2021年の売上高は10億ドル(約1450億円)。ユニリーバの約50分の1だ。環境保護の言動に妥協はなくサンショのごとくピリリと辛いが、小粒感は否めない。上場を含む資金調達を駆使し、大規模に課題を解決していく起業家を生む。課題が山積する時代の要請だ。”

“価値10億ドル以上の未上場企業で、環境や教育などの問題に取り組む「インパクト・ユニコーン」は世界に約180社ある。ネットビジネスと違い結果を出すのに時間はかかるが、社会ニーズを正しくとらえて事業を組み立て、やがて経済的にも花開くと示せれば、投資家を引き寄せられる。上場に踏み込む企業もある。自然素材スニーカーの米オールバーズや恵まれない人にもメガネを届ける米ワービー・パーカーは、株主価値の最大化を絶対視しないと言い切り2021年に上場した。株価低迷に直面するが、社会課題はこつこつ解くとの通念を破り、市場をテコに大胆に解くモデルの模索期ととらえたい。日本でも10月14日、課題解決と経済的な成長の両立をねらう新興企業群がインパクトスタートアップ協会を立ち上げた。

「地球が唯一の株主だ」とパタゴニアは宣言した。地球を守る経営の一つの姿だ。しかし、投資家すべてが短期利益志向のわからず屋ではない。有用な知恵の提供者かもしれない。様々な株主にもまれながらパタゴニア級の際立った個性を放つ。それを実現する起業家は誰か。競争の号砲がなった。”

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