号外:自民党の「勝利の方程式」、反映されぬ無党派層の民意

このHPの本題とは関係ありませんが、選挙の話です。私は選挙には必ず行くようにしています。自分が望むようになるか、ならないかは別として、ともかく「1票を投じる」ことをせずに、ただ苦情だけを言っていても意味がないと思うからです。下記は日本経済新聞のコラム記事からですが、選挙について、このような見方をしたことはありませんでした。言われてみれば、「そうなのかな」とも思いますが、健全な政治の姿からはかけ離れていると思います。この状況を改善する方法は簡単です。みんなで投票に行くことです。ひとりひとりの意思を1票に込めることです。1票で世の中が変わるわけではないですが、世の中を変えられるのは、その1票の積み重ねです。政権与党の「選挙の専門家」の思惑通りになるのでは面白くありません。さあ、みんなで選挙に行きましょう。

“日本で選挙があると、翌朝の新聞にこんな分析がよく載る。自民党が勝利すると「保守地盤を手堅くまとめ・・・」、負けると「固めきれず・・・」。こんな通り一遍の記事を読んでも、何が勝敗を分けたのか、さっぱりわからない。世論調査の政党別支持率で、ほとんどの地域は自民党が1位だ。その意味で若干の濃淡はあれ、全国どこもが保守地盤である。

“では、なぜ自民党が負けることがあるのか。ご存じの通り、自民党支持層と同じくらい巨大な無党派層が存在するからだ。極論すると、日本は自民党と無党派層の二大政党制である。無党派といっても、全くの白紙ではない。高度経済成長のころは「暮らしに特に不満はなく、政治に関心は無い」という人々が増えた。政治学の用語でいうところの「柔らかな保守層」である。こうした人々はあまり投票に行かなかったが、行けば自民党に入れた。自民党は選挙戦を盛り上げようと躍起になった。1980年と86年にあった衆参ダブル選挙は一例である。”

バブル経済の崩壊と相前後して、無党派層は非自民に傾いた。社会党の崩壊で行き場を失ったリベラル勢力が無党派になだれ込んだというのが当初の分析だったが、30年経っても傾向はあまり変わっていない。4月にあった衆参両院の5つの補欠選挙のいずれも、無党派の支持は野党が優勢だった。共同通信の出口調査によると、いちばん差がついた衆院山口2区で破れた無所属元職が75%の支持を得て、当選した自民党の新人は24%だった。裏返すと、いかに無党派層を投票所に来させないかが、いまの自民党にとって勝利の方程式である。

“5補選のうち、いちばん激戦だった参院大分選挙区ではわずか341票差で自民党が競り勝った。単純に全県で選挙を盛り下げては、肝心の自民党支持層の足も止まる。自民党の支持率が高い地域では派手な選挙キャンペーンを展開し、無党派の多い地域では「選挙やってたの知らなかった」とあとで言わせる策が必要だった。”

“補選は統一地方選挙の後半戦と同日程だった。市長選が予定されていた大分、別府両市では投票率は高めになると見込まれていた。立憲民主党元職は自治労出身。県都大分市が最大の地盤である。投票率は33.24%に終わり、昨年の参院選の50.27%に遠く及ばなかった。大票田で1万1520票しかリードできなかった。対照的に別府市の投票率は52.55%と、昨年の参院選の54.22%と遜色なかった。ここで自民党は3458票巻き返した。市議選のあった宇佐市(投票率58.77%)、日田市(同57.97%)、津久見市(同56.85%)などでも僅差で勝ち、大分市の負け分をちゃらにした。”

なぜ大分市の投票率は低かったのか。市長選の立候補がひとりしかおらず、選挙がなかったからだ。当選したのは昨年、自民党に敗れて落選した元参議院議員。自民党はあえて対抗馬を出さず、支持に回った。これが薄氷の勝利のいちばんの勝因である。”

次の衆院選で自民党が勝とうと思えば、いかにして投票率を下げるかがやはりカギを握る。投票日を3連休の真ん中の7月16日、9月17日、10月8日などに設定するのは一案だろう。そこまでして勝って国民の信託を得たことになるのか。そう思われた無党派の方は面倒がらずに投票にいくしか手はあるまい。結果がどうあれ、多くの国民の声が反映されてこその民意である。

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