号外:ドイツの「森林官」、自然の均衡を保つ守人

私と私の家族は、1995年から1998年まで、ドイツのフランクフルト市に住んでいました。当時で人口が60万人程度。日本の感覚では決して大都会というわけではありませんが、ドイツの金融中心地で、欧州有数の空港を備え、欧州の主要都市へのアクセスに優れた街です。しかし少し郊外へ出ると、とても美しい自然に囲まれています。ドイツでは確かに森林が多かったように記憶しています。ドイツで、どのようにして自然や森林を維持・管理しているのかを紹介した記事ですが、日本に比べて自然を守るという意思が明確で、非常にしっかりした仕組みだと思います。何とか見習えないものでしょうか。

2023年6月5日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

ドイツで医師やパイロットと並んで子供に人気の職業が、森林を管理・調査するFoerster(ドイツ語で「森林官」の意)だ。日本の半分以下の森林面積ながら、2倍以上の国産木材を伐採・供給し、かつ多様な生物を育む豊かな自然を残すドイツ。森林官は経済合理性と持続可能性とのバランスを保つ「森の守人(もりびと)」の役割を担っている。「現場で木々をチェックし、どの程度までなら森林の成長を阻害せずに伐採可能かを計算する。朽ちる木があるため、まったく手を出さないのが環境にとってベストではない。最近ブームのサステイナビリティだが、私たちは400年前から実践している」。西部ノルトライン・ウェストファーレン州の森林官、クラウス・ダウムさんは誇らしげに語る。”

ドイツには約5000人の森林官がいる。日本でも林野庁の出先機関である森林事務所に公務員の森林官を置いているが、850人程度にすぎない。ドイツの森林面積は1070万ヘクタールと、日本(2500万ヘクタール)の半分以下で、その手厚さがわかる。違いは人数の多寡だけではない。2~3年で定期異動がある日本に対し、ドイツでは20~30年以上、同じ森林を担当し続けるのが一般的だ。さらに権限の範囲も異なる。日本の森林官は森林面積の3割を占める国有林だけを管理する。”

森林政策の違い

“一方、連邦政府と州政府が保有するドイツの国有林は日本と同じく3割程度だが、森林官は担当区域の私有林や民有林についても助言や支援、行政指導を行う。ドイツの森林法では、個人や企業などすべての森林所有者に対し、「持続可能で適切な管理義務」を課しており、森林官はその履行をチェックする責務も負っているからだ。「(旧侯爵家である)ザイン・ヴィトゲンシュタイン・ベルレブルク家のグスタフ王子が自分の森林に手を入れようとしても、私が事前にその内容を評価し、承認するか決める」とダウムさんは言う。名家にも例外なく統一基準を適用する、ドイツの持続可能な森林づくりは徹底している。”

“4月、南西部フライブルク郊外の森林を歩いてみた。トラムを降りると、森の入り口から網目のように散歩道が延びる。ピクニックやランニングなど思い思いに自然を楽しむ地元民とすれ違い、笑顔であいさつを交わす。原則、どこの森林にも自由に立ち入ることができるドイツでは「林業専用道」と呼ばれる散歩道が必ず整備されている。専用道は森林へのアクセスを容易にするだけでなく、その名の通り木材搬出作業にも使われている。”

2021年のドイツ国内の木材生産量は8296万立方メートルで、自給率はほぼ100%に達する。一方、日本の生産量はドイツの半分以下の3372万立方メートル。輸入量は4841万立方メートルで自給率は41%にとどまっている。一定区画の樹木をすべて伐採する「皆伐」が禁止されているドイツでは、ダウムさんが言うように森林の成長を阻害しない範囲内でこまめな伐採が行われる。このためトラックや重機が走行できる林業専用道が整備されており、搬出コストを抑制できる。”

ドイツの林業専用道

“だが、日本では皆伐や伐採に合わせて一から作業道を整備する必要がる。コスト見合いから伐採したものの、そのまま森林に打ち捨てられる未利用材も多く、自給率が上がらない要因の一つになっている。日本政府は2009年、林業専用道の新設で1メートルごとに約2000円の補助金を交付する制度を始めたが、整備は進んでいない。ドイツと比べ雨量が多く、専用道の維持にコストがかかるほか、分割相続などで所有者不明の私有林が点在しており、木材搬出ルートの確保が難しいことも障害になっているためだ。

“今でこそ経済合理性と持続可能性を両立するドイツだが、苦しんだ時期もあった。19世紀の産業革命で木材が乱伐され、成長の早さから商業利用に適した針葉樹ばかりが植えられた。しかし災害や病害への耐性が弱まり、生態系も崩れていった。こうした反省から土地に合った多様な植林方針に切り替え、広葉樹の比率は現在43%に高まった。森林官のダウムさんは「適度に広葉樹が混じると耐性が強まり、土壌も改良される。100年先を見据え、自然に委ねながら複層的な森林になるように気を使っている」と話す。”

明治神宮の森

そんなドイツモデルを100年以上前に取り入れた森林が実は日本にもある。東京のど真ん中に広がる明治神宮の森だ。1915年、首相兼内務相だった大隈重信はスギやヒノキなど針葉樹で覆った荘厳な造成計画を打ち出したが、林学博士の本多静六が反発。東京の気候に適したクスノキやカシといった広葉樹を中心に、多彩な木々に囲まれた今の明治神宮の森をつくり上げた。人間の手を加えなくても自然に落下した種子から稚樹が芽吹き、やがて豊かな森林となる。ドイツ留学で本多が学んだ「天然更新」を実践し、成功したのがこの森だが、今年3月、その一部の神宮外苑で大規模な再開発計画が始まった。”

「目の前の経済的利益にために先人が100年をかけて守り育ててきた貴重な神宮の樹々を犠牲にすべきではありません」。3月に亡くなった音楽家の坂本龍一さんは死の直前まで東京都などに計画の見直しを訴えていた。事業者側は植樹を約束したが、大量伐採の方針は変えていない。ドイツのような森の守人がいない日本で持続可能な自然を守り抜くのはたやすくない。”

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