パタゴニアが紡ぐ「新しい消費」

私が子どもだった頃は、新しい製品やサービスが次々に開発され、それらを手に入れられれば生活が便利になったり、楽しくなったりすることを実感できた時代だったように思います。その意味では「消費」は、生活水準を豊かにするために必要な手段でした。それから50年あまりが経過した現在では、私たちの生活にはモノやサービスが溢れていて、従来品からの多少の改良や機能の追加等はありますが、どうしても手に入れたい新製品というのはあまりないように思います。私たちはすでに必要なものは手に入れて生活しているのではないでしょうか。そんな時代ですから、「消費」することの意味合いも変化してきています。私はミニマリスト(持ち物をできるだけ減らし、必要最小限の物だけで暮らす人)にはなれそうもありませんが、できるだけ身の回りを整理して、不必要なものを消費することで資源やエネルギーを浪費することは慎みたいと思います。環境負荷を低減して地球環境を保全することを考えるのであれば、自ずと「消費」に対する考え方も変わっていかねばなりません。

2023年7月30日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

“米国発のアウトドアウェア専門店「パタゴニア」の京都店が6月、古着と修理の店に期間限定で変わった。多少のしわは気になるものの新品よりはずっと安いのは魅力的だ。「新品よりもずっといい」のポップにもつられて、ついつい、あれもこれも手に取りたくなるが、同社は「必要ないものは買わないで」と顧客に伝える。その心は、消費を減らし、修理しながら同じモノを長く使う消費文化を作りたいからだという。それでビジネスは成り立つのか。米本社から来日していた経営幹部に聞くと、彼らはイエスと即答した。「どうすれば環境負荷を減らせるかは、どうすればもうかるかと同じ」

“リサイクル素材の利用が進むアパレル産業において、パタゴニアが力を注ぐのがリディース(削減)とリペア(修理)、リユース(再利用)だ。地球への負荷を減らすためにできるだけ新品は作らず、古着と修理で消費者の買い物行動を変えようという難題へ突き進む。ミシンでほつれを縫う、破れた箇所にシートを接着する。一見地味なお直しは、まだ使えるのに時代遅れの印象を消費者に与える「計画的陳腐化」というマーケティング手法に、ノーを突き付ける行為に等しい。”

同社は1973年の創業時、クライミングの道具を売る小さな会社だった。クライミングに合うシャツを売り始めたところ瞬く間に人気が広がる。以来、50年続いているのだから、ビジネスとして成り立つのかというのは愚問だったかもしれない。むしろ50年のその歩みは、まるで物語を読んでいるかのようだった。今風に言えばストーリーテリングで、「クライマー、過剰消費社会に戦いを挑む」といった筋書きか。人間は物語に感動する。パタゴニアが紡ぐ物語もまた、消費社会の記号ゲームに悶々としていた人々を立ち止まらせ顧客から顧客へ、感動が伝播した。”

“自然とのかかわりが深いクライマーでありサーファーでもあった創業者のイヴォン氏は、アパレルが環境汚染産業だという事実に、誰よりも早く気がついた。良かれと思っていた天然繊維のコットンが、いかに有害かを知り、1990年代半ば、すべてをオーガニックコットンに切り替える。当時の消費者は、品質の良さに反応したにすぎなかったのだが、ひたすら売れ続けるという事実に、大企業が目を付ける。「オーガニックコットンの製品を作りたいので、手伝って欲しい」。ウォルマートがパタゴニアに相談を持ち掛けた。世界最大の小売業である競合相手に、惜しみなくノウハウを与える。それが結果、パタゴニアを次のステージへ押し上げる。手をくんだ2社は2010年、世界の最高経営責任者(CEO)に対し、アパレル製品の環境への影響を測る指標を開発するため協力するよう呼び掛けた。今や世界最大級のアパレル団体へと成長した。”

“物語で主人公が困難な壁に挑むシーンには、ぐっと引き込まれるものだ。舞台は2011年のブラックフライデーの開幕日。当時最も売れていたジャケットの写真を、新聞の一面広告にでかでかと掲載し、「このジャケットを買わないで」と量のバーゲン品で消費を煽る消費主義者たちに真っ向からぶつかっていった。放たれた異例のメッセージ広告は、パタゴニアの売り上げ、ファンの拡大に火をつける。いまではブラックフライデーに対抗すべく、サステナブルな消費を啓発するグリーンフライデーを起こす運動が広がり、オセロゲームのようにコマが、1つ、またひとつと、緑に変わり出した。”

急進的な思想は、服から食へと舞台が広がる。何年かに一度しか買わない服と毎日3回の食事。どちらが消費者を巻き込めるかと問えば、答えは明らかだ。やり出すと、とことん突き詰め、ここまでやるかと驚かせるのが、強いブランドの共通点。オーガニックの包括的かつ厳格な認証を他の団体とつくり、日本の生産者の挑戦を後押しする。グッチしかり、先をゆくアパレルは、農業や土壌に目を向けている。

“次の50年に向け、どんなストーリーを描くのか。それは予想をはるかに超える展開だった。イヴォン氏はパタゴニアの全株式を、環境対策に取り組むNPOと目的信託に譲渡し「地球が私たちの唯一の株主になった」と言い放つ。インパクト投資を手掛けてきたゼブラアンドカンパニーの田淵良敬氏は「永続的に安定してパーパスが守られる仕組みを作った」と解説する。端材で家具を作るカリモク家具しかり、ウニの価値を高めて海の砂漠化を防ぐウニノミクスしかり。パタゴニア的なブランドは日本でも増えてきた。倫理的消費と聞いてピンと来なくても、知らず知らずのうちに欲望の矛先が、「何を買いたいのか」から「どんな物語」を周りに伝えたいのかへと変わりつつある。誰もが新しい景色を見たいのだ。”

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