号外:熱波と食料高騰が社会不安を招く

ちょっと物騒なタイトルですが、異常な暑さと食品価格の上昇が重なると、人々の不安が増大し、社会が不安定化するリスクが高まるという話題です。猛暑で不快で不機嫌になり、しかも空腹が満たされなければ、不穏な雰囲気が醸成されるというのは理解できるように思います。世界中で酷暑に見舞われている今年の夏は、特に注意が必要なようです。

2023年8月1日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事(「The Economist」誌からの転載)より、

奇妙なことだが、気温が急上昇すると抗議活動が始まるという傾向がある。「サマー・オブ・ラブ」として知られる1967年の夏には、ヒッピーたちが米国の西海岸に集結し、ベトナム戦争に抗議して、ドラッグを使いながら平和を叫んだ。その夏は猛暑で、アトランタからボストンまで全米各地で150件以上の反人種差別暴動が発生し、「長く暑い夏」とも呼ばれる。”

ケニアの反政府抗議デモ

“地球の温暖化が進む今、気温と騒乱の関係は一段と重みを増しており、酷暑が続く今年の夏は特に要注意だ。各騒乱にはそれぞれの原因がある。だが騒乱につながりやすい共通要因もある。大幅な気温の上昇、食品価格の高騰、そして政府の財政支出の削減という3つの要素は、特に普遍的で影響力の大きい要素だ。これらの点から現状をみると、ここ数ヶ月、騒乱が起きる可能性はかつてなく高まっていると言える。”

“そのリスクは今年の夏さらに高まりそうだ。今夏の猛暑はさらに激しさを増すとみられるうえ、穀物価格も一段高が見込まれる。ロシアが先日、2022年7月に結んだ、世界有数の穀倉地帯であるウクライナからの黒海を通じた穀物輸出を再開する取り決めである「黒海穀物イニシアティブ」から離脱すると宣言した。インドは最近、一部の米の輸出を禁止した。ケニア、インド、イスラエル、南アフリカでは、すでに暴動や抗議活動が発生し、騒乱の火種がくすぶり始めている。”

7月初め、世界の平均気温は観測史上初めて摂氏17度の節目を超え、6日には17.08度という高さを記録した。7月を通して、世界全体の平均気温は、日次ベースでそれまでの過去最高気温の平均を上回る見通しだ。このような異常気象は様々な問題を誘発する。米科学誌サイエンスに発表された、スタンフォード大学のマーシャル・バーク准教授とカリフォルニア大学バークレー校のソロモン・ショーン教授およびエドワード・ミゲル教授の共同研究によると、気温が長期平均を1標準偏差上回ると、混乱の発生頻度は15%近く跳ね上がるという。統計学者によれば、この気温の1標準偏差の上振れはほぼ6日に1回の頻度で生じるとみられる。”

今年の6月初めからの8週間における世界の平均気温は、1980年~2000年の水準を4~6標準偏差上回った。サイエンス誌の研究に示された相関関係に基づいて、本誌(「The Economist」)が概算したところ、6月と7月の記録的な暑さによって、世界の暴動発生リスクは50%前後上昇した可能性があるとの結果が出た。今年春からは世界的な気温上昇をもたらす「エルニーニョ」現象が始まったとみられる。その影響により、北半球では晩夏まで猛暑が続き、そのまま南半球の夏に突入する可能性が高い。実際、過去のデータを調べてみると、1950年以降に起きたすべての騒乱の5分の1超は、エルニーニョ現象が起きた年に発生している。”

“英リスク分析会社ベリスク・メープルクロフトは、暴動などの騒乱が原因で企業の事業活動に混乱が生じる可能性を示す「社会不安指数」を国別に算出している。同社の推計によれば、2023年第3四半期に世界で社会的混乱が発生するリスクは、2017年の指数算出開始以来、最も高い水準にあるという。主任アナリストのジメナ・ブランコ氏は、その原因は熱さと生活費上昇にあるが、「食品価格の高騰は特に大きなリスク要因だ」とみている。世界のインフレはピークを過ぎたとみられ、国際的な穀物価格は昨年の高値を下回っている。だが、食料品小売価格の上昇が止まったわけではない。6月の食料価格の上昇率は、英国で前年比17%、欧州連合(EU)で同14%、カナダと日本で同10%近辺に達した。アフリカをはじめとする途上国の多くでは、これらをさらに上回った。ナイジェリアで同25%近辺、エチオピアで同30%近辺、エジプトでは同65%近辺(同国史上最も高い数値)を記録した。”

“卸売価格の低下は、時間とともに小売価格にも波及していくとみられる。しかしロシアが7月17日に黒海穀物イニシアティブからの離脱を宣言し、その後、黒海に面したウクライナのチョルモルスク港とオデッサ港を4夜にわたり攻撃したことで、食料品の市場は混乱に陥り、価格が急騰した。それ以外の地域も、降雨量不足の問題を抱えており、食料品不足が深刻化する可能性が高い。

今期、オーストラリアでは大麦の収穫高が前年を34%、小麦が30%下回ると予想されている。米国産のトウモロコシ、小麦およびイネ科の穀物ソルガムの在庫も、それぞれ6%、17%、51%減少している。米国とオーストラリアは昨年、穀物の輸出額で世界1位と2位を占めていた。それ以上に懸念されるのがインドの動向だ。同国産のコメは世界の輸出量の4割程度を占めているが、今年はモンスーンによる大雨に見舞われ、農作物に被害が出ている。インド政府はこれを受け、7月20日に高級長粒米のバスマティ米を除くすべてのコメの輸出を禁止すると発表した。その結果として、世界のコメ輸出は10%程度減少する見通しだ。食料の安定供給に影響がでるのはほぼ避けられない状況だ。国連食糧農業機関(FAO)の推計によれば、トウモロコシ、コメ、小麦を合わせると、カロリーベースで世界の食料供給量の5分の2超を占める。途上国に限定すると、この数字は5分の4まで上昇する可能性がある。食品価格が近い将来に下落しない限り、途上国の飢餓問題は悪化することは間違いない。そうなれば、飢えた人々が路上での抗議活動に駆り立てられる可能性が高い。

“また、政府の緊縮財政は、状況を一段と不安定にさせる要因になる。多くの国の政府は、コロナ禍での多額の財政出動によって膨らんだ債務を減らすため、増税ないしは歳出削減に取り組んでいる。米ノースウェスタン大学のジャコポ・ポンティチェリ准教授とチューリヒ大学のハンス・ヨアキム・フォート教授が欧州25ヶ国の約1世紀分のデータを調査したところ、政府支出が5%削減されるごとに、暴動や激しい抗議活動などの社会騒乱の発生頻度が28%上昇することがわかった。”

社会的騒乱は、経済にも爪痕を残すおそれがある。国際通貨基金(IMF)職員のメトディ・ハジ・バスコフ氏、サミュエル・ピエンクナグラ氏、およびルカ・リッチ氏は最近、130ヶ国の35年分の四半期ごとの国内総生産(GDP)伸び率を調査した。その結果、中程度の社会的騒乱が生じた国では、18ヶ月後でもGDPが0.2%減少した状態が続くことがわかった。一方、大規模な混乱が生じた国では、18か月後もGDPが1%減少した状態が続いていた。先進国以外の見通しはさらに不安定要素が大きい。IMFの研究者らによれば、騒乱が生じた場合、新興国は先進国に比べて約2倍の打撃を受ける。新興国で急激な資本流出が起きるリスクはただでさえ先進国を大きく上回っている。企業と消費者の信頼感が低下し、不透明感が高まれば、そのリスクは一段と高くなるだろう。”

今年は食品価格の上昇と猛暑、そして財政支出の削減という、混乱が起きやすい悪条件がそろっている。より一層の警戒が必要だ。我々は長く、暑く、不快な夏を覚悟しなければならない。”

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