号外:目覚める企業の力に変革の期待強く

アメリカの政治は、民主党(リベラル、本来反ビジネス、バイデン大統領)と共和党(保守、本来親ビジネス、トランプ前大統領)のせめぎ合いの歴史です。2大政党で政策を競うのであれば良いのですが、最近は自党勢力の維持・拡大に腐心するあまり、不毛な非難合戦を繰り広げているようにも見えます。アメリカは、第2次世界大戦後の世界をリードしてきた大国です。その国が、自国利益最優先の内向き政治に終始するようでは、ちょっと困ったことになってしまいます。その一方で米企業は、地球温暖化対策やESG(環境・社会・企業統治)重視の潮流を踏まえ、世界の市場や消費者と向き合って事業を展開しています。その中で、より社会的な責任に目を向けた経営を志向する姿勢が広がってきているようです。政治とは少し異なる観点で、社会の変革に貢献する企業への期待が高まっています。

2023年10月3日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

今日の米企業は様々なステークホルダー(利害関係者)の圧力を受ける。性的少数者関連の学校教育を制限する米フロリダ州の法律に反対し、テーマパークの税優遇などを止められた米ウォルトディズニーのような例もある。ならば価値観や文化・伝統が絡む微妙な問題には深入りせず、保守とリベラルの双方にいい顔をするのが正解なのか。米企業の大勢はそれをよしとはしない。

“米政治学者アイタン・ハーシュ氏らは最近の論文で、ビジネスリーダーの調査をもとに、米企業の党派的なリアライメント(再編)が進んでいると訴えた。「共和党とのデカップリング(分離)」と「民主党への接近」である。株主のみならず、社員や顧客も含めた全ての利害関係者に配慮する「ステークホルダー資本主義」が叫ばれる時代だ。人権擁護や環境保護を求める声に応えようとする中で、自社が共和党より民主党に傾いたと感じるビジネスリーダーが増えているという。”

“米政治学者スーブヒック・バラーリ氏の論文も参考になる。米主要企業約1200社がSNS(交流サイト)に投稿した200万件以上のコメントを分析したところ、過去数年の間にリベラルへの緩やかな傾斜が確認された。これらの主張には異論もある。共和党と民主党の岩盤層は石灰のごとく固定化し、企業の政治献金や経営者の投票もなお二手に分かれがちだ。それでもリアライメントの誘引は確かに存在する。”

“米メディアのアクシオスなどは、米国で知られる有力企業100社のブランド評価ランキングをまとめる。上位を占めるのはESG(環境・社会・企業統治)への感度が高い会社だ。2023年版の1位は米アウトドア用品のパタゴニア、2位は米会員制量販店のコストコ・ホールセールだった。ESGの重視は社会の変革を促す政治的な意志であり、企業の価値を高める経済的な判断でもある。保守層から「ウォーク(社会正義に目覚めた人々)」と攻撃されようと、あえてリベラル層に寄り添う米企業は少なくない。”

かつての共和党は大企業や富裕層の影響力が強く、減税や規制緩和、自由貿易といったプロビジネス(親企業)の政策を志向した。今はトランプ前大統領が植えつけた排斥的なポピュリズム(大衆迎合主義)にすがり、非大卒の白人労働者に訴える政党である。米ピュー・リサーチ・センターの世論調査をみると、共和党員が金融機関や大企業、テック企業に注ぐ視線は、民主党員より険しさを増す。「ティラニー・インク(専制株式会社)」。保守派コラムニストのソフラブ・アフマリ氏が、持つ者による持たざる者の抑圧を近著で批判したのは、共和党の変質とも呼応する。”

民主党は少数派や弱者の救済に熱心な半面、増税や規制強化、保護貿易を志向する「アンチビジネス(反企業)」の色彩が濃かった。だがバイデン政権が半導体産業の国内回帰や温暖化対策を促すために投じる巨額の補助金は、米企業を引き付ける磁力を放つ。安全保障や経済成長、環境保全の要請を背景に、「小さな政府」から「大きな政府」へのパラダイムシフトは決定的になった。企業の経営も効率の追求だけでなく、ESGとの両立を迫られる。戦前や戦後の米国には、資本主義や自由主義の追求で官民の利害が一致する「コーポレート・リベラリズム」の時代があったといわれる。その新しいかたちを探る過程に入ったのかもしれない。”

“保守とリベラルの二極化が深刻な米国ほどではないにせよ、他国の企業も様々な問題で色分けを強いられる。米PR会社エデルマンの世論調査によれば、企業に対する国民の信頼度(0~100)は主要国の平均で62となり、政府とメディアの50を上回った。訴求力や資金力を併せ持つ企業に、変革の重要な担い手を期待するムードは一段と強まるはずだ。

“創業者による性加害の責任を問われたジャニーズ事務所は、被害者の補償とタレントのマネジメントを担当する会社を分離し、社名も変えて出直す。この問題を早くから追求してきた週刊文春、そして海外に知らしめた英BBCなどの報道が実を結び、不完全ながらもメスが入るに至った。同時に多くの有力企業が所属タレントのCMや広告の契約を見直したのも大きかった。だからこそ事務所も小手先の対応で済ませられなくなったのだろう。”

社会的な課題に対する企業の積極関与はもろ刃の剣だ。消費者や投資家の行き過ぎたアクティビズムに加担し、党派の対立や社会の分断を深める懸念は拭えない。それでも人権や環境の守護者を自任してほしいと切に願う。性的少数者や移民・難民に優しい国になりきれぬ日本では、「目覚める企業」の力にもっと頼りたくもなる。

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