華麗なドレス、世紀を超え補修

公益財団法人京都服飾文化研究財団の職員である上山尚子さんのエッセイです。京都にこのような組織があることは知りませんでした。西洋の服飾史を伝える取り組みが続けられています。文化財を守り、文化を伝えていくというのは大変骨の折れる仕事なのですね。常設の展示施設はないということですが、いつか機会があれば拝見したいと思います。

2023年11月15日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

マネキンへの着つけ

17世紀以降の服飾資料を1万3000点収蔵する京都服飾文化研究財団(KCI)には、数世紀をへて傷んでしまった服もたくさんある。KCIの補修室で働き始めて20年。一点一点異なる状態に頭を悩ませながら、きょうも針を持つ手を動かしている。”

“フランス革命前のきらびやかなロココ調ドレス、印象派の絵画に登場しそうなボリュームたっぷりの19世紀英仏のドレスに、ジャポニズムの影響が感じられる20世紀のゆったりとした絹のワンピース。KCIに収蔵されている服は、西洋の服飾史を雄弁に物語る貴重な資料ばかりだ。目に鮮やかな服ばかりだが、よく目をこらせば、生地が裂けたりほつれたり、時がたち傷んでしまった服も数多くある。コンディションをいま以上に良くすることはできないが、展示や保存に耐えるように補修し、なるべく長い間その姿を留めるのが私たちの役割だ。

“裂けてしまった生地には、新しい布をあててステッチをいれる。一般的な衣服の補修とは異なり、年月がたった服は生地が弱くなっている。細い糸をビーズ針で縫ったり、まち針の代わりに昆虫標本用のピンを使ったり、工夫が欠かせない。”

補修したドレスの裏地

KCIは女性下着のワコールの創業者が1978年に創設した。補修室の当初のメンバーは、米国メトロポリタン美術館で修復の技法を学んだという。それから半世紀近く、国内屈指の資料を誇っている。アパレル企業で服の型紙を作るパタンナーとして働いていた私がKCIに入ったのは2002年。休日に訪れた美術館で見たKCIのカタログのきらびやかな西洋のドレスに心が躍り、転職を決めた。技術は先輩たちに一から教わった。ほぼ全てが一点もので、オリジナルの状態をどう残すかに知恵を絞るKCIでの仕事は新鮮だった。

資料として保存するための補修は、着るために行うお直しとは考え方が異なる。例えば、シミ抜きは溶剤が将来及ぼす影響がわからないので安易には行わない。補修だけでなく、展示のためにマネキンに着せつけるのも大切な仕事だ。常設の展示施設を持たないKCIでは、美術館などでの展覧会での公開がメインとなる。マネキンに着せれば、当然服には負担がかかる。ダメージを与えないようにしながら、その服の魅力を最大限に引き出すにはどのようなポーズにしたらいいか。服飾史に詳しい学芸員とのコミュニケーションが欠かせない。展示から帰ってきたドレスを待っているのは、防虫の処理。ゴミやホコリを吸い取ったあと、フィルムで密閉して1ヶ月間一定の温度に保ち、虫の繁殖を防いでいる。”

華やかなドレスを前に、当時その服に関わった様々な人に思いをはせる。19世紀後半から20世紀初頭に用いられた、金属で重量を増したシルクは傷みやすく補修者泣かせだが、独特の重量感やきぬ擦れの音がデザイナーに好まれたようだ。縫子による手縫いは自由なのになぜか調和が取れている。着る人に合わせて仕立てられた服は、人の体形が多様であることを教えてくれる。KCIでは私を含めて6人のスタッフが保存・補修を担っている。西洋の服飾資料の補修はフリーランスの人が担うことも多いが、チームだからこそできることもある。海外の大学で染織品の修復について科学的な知識を習得した人と、私のように洋裁について学んできた人。それぞれの強みを生かしながら、補修の技術を磨いていきたい。

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