号外:温暖化で「保険拒否」の危機

近年日本でも、地球温暖化による気候変動の影響で、大型台風や集中豪雨による気象災害が増加傾向にあります。また世界各地で同様に大規模な水害が発生し、あるいは干ばつによる山火事や渇水が頻発し、人々の生活や農作物に甚大な被害を及ぼしています。いざという時の備えとして「保険」という制度がありますが、災害の頻度が増し、損害の規模が大きくなれば、保険という制度そのものが成り立たなくなるという話題です。気候変動によって直接的な被害が発生するだけではなく、保険のような社会的コストも大きな影響を受けることを、私たちは再認識する必要があります。

2023年10月18日付け日本経済新聞電子版(英Financial Timesからの転載)に掲載された記事より、

“「我々に選択の余地はない」。仏保険大手アクサが2015年に石炭関連企業への投資を引き上げる計画を発表した際、アンリ・ドゥ・キャストゥル最高経営責任者(CEO、当時)はこう言った。「(世界の平均気温上昇を)2度まで抑えられるなら保険引き受けは可能かもしれないが、4度まで上昇したら到底できない」。

被災したルイジアナ州の住宅

“温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」は世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて1.5度以内に抑えることが目標だ。そう考えると、キャストゥル氏の見方は楽観的に思える。世界はパリ協定の目標達成に向けて奮闘しているものの、すでに各地で極端な気象による自然災害が発生しており、莫大な保険支払いが生じている。

山火事が多発している米カリフォルニア州では5月、ステート・ファームやオールステートといった米保険大手が新規の住宅向け損害保険の引き受けを停止した。これを受け、同州政府は9月、災害多発地域の不動産に対する保険契約を保険会社に継続させる計画を発表した。保険料がすでに急騰しているフロリダ州やルイジアナ州などでは、複数の保険会社が破綻、あるいは撤退した。これは米国だけの減少ではない。オーストラリアでは2022年の洪水の後にクイーンズランド州やニューサウスウェールズ州で保険料が高騰し、高リスク地域の不動産のほぼ7軒に1軒が2030年まで保険に加入できなくなるとみられている。

“米ペンシルベニア州立大学地球システム科学センターのマイケル・マン所長は、気候変動の悪影響によるコストの負担が、予想より早く生じるようになっているとみている。「気候モデルは、ここ数年の夏に見られた悲惨な山火事や洪水、熱波の要因になっているような、異常気象が続くことによる気候変動の影響を甘く見積もっていた」と同氏は言う。気候変動の予測不能な動きは、すがるように過去のデータばかりを参考にして将来を予測している保険会社にとって、特に大きな問題になる。イングランド銀行(英中央銀行)は「気候リスクに伴う企業の将来の損失を予測する上で、歴史的なデータはおそらく参考にならないだろう」と指摘している。再保険大手スイス・リーによると、自然災害による保険金の支払いは2023年上半期に過去10年平均を54%上回った。”

“その結果、保険業界は気候変動による目先の問題に対処するばかりで、根本的な問題への対策がおろそかになるという、気候変動の活動家が恐れているいわゆる「破滅のループ」に陥りつつある。業界が自滅的な行動を取っているのがその一つだ。2019年のデータに基づく米非営利団体セリーズの調査によると、米保険大手は化石燃料資産を依然として大量に保有する影響力の大きい投資家であることが分かった。気候変動のコストが、保険料を介して消費者に、そして公的な保険や緊急対策を介して納税者に押し付けられている。それだけに、保険会社の投資対象の制限や、保険引き受けに関する脱炭素計画の要件の厳格化といった規制は必須だろう。”

脱炭素を目指す保険業界の国際団体は、米国の23州の司法長官が連名で「顧客に排出削減を求める保険会社の動きが独占禁止法に抵触する可能性がある」という文書を出したことで加盟社の離脱が相次ぎ崩壊した。そうした事情を考えるとなおさら国による規制が必要にみえる。気候リスクの適切なコストを不明瞭にしてしまう政策も悪循環に陥りつつある一因だ。そうしたなか、保険会社が料率を設定する上で将来見通しや再保険のコストを織り込み、保険料の上昇を認めるカリフォルニア州の計画は進歩といえる。”

“だが、米国の連保洪水保険にしても、フロリダ州政府のセーフティーネット(安全網)にしても、英国の官民連携プロジェクト「フラッド・リー(洪水再保険)」にしても、個人の損失を軽減するため、不足する保険金を公的資金で補う政治的な配慮が働きがちだ。そのため、高リスク地域に建物を建設している人やそうした地域に引っ越す人は本来、高い保険料を負担しなければならないにもかかわらず、実際のリスクより低く保険料が設定される傾向がある。災害に遭うリスクが高いにもかかわらず不動産価格が高く、成長し続けている地域があることも損失が拡大するもう一つの要因だ。”

保険会社と政府はむしろ、リスク軽減に向けた対策を重視すべきだ。アクサのフレデリック・ドゥクルトワ副CEOは「保険会社を含め、社会は世界的に防災をそれほど厳格に実施してこなかった」と語る。前カリフォルニア州保険監督長官のデービッド・ジョーンズ氏によると、防災対策には、適切な森林管理や沿岸近くの塩沼(塩性の湿地)の復元など自然を使い、山火事や洪水のリスクを引き下げられるかどうかを検証することが含まれる。効果が実証されている、山焼きなど人の手による森林管理の影響を、保険会社は保険料に組み込まなければならないと同氏は主張する。そうした場合、データが欠如していると問題になるかもしれない。英保険大手アビバは10月9日、米国で2012年のハリケーン「サンディ」による不動産関連被害を減らしたことがわかった塩沼と沿岸部湿地帯についての調査プロジェクトを英西部ランカシャー州で立ち上げると発表した。

“気候変動に伴う金融業界の損失を軽減することが業界の安定にとって重要だとみてきた金融規制当局も、保険引き受けができなくなることの影響を注目するようになっている。オーストラリアの健全性規制庁(APRA)は今年、保険の「入手可能性、購入可能性、持続可能性」を重要な監督優先事項の一つに据えた。欧州中央銀行(ECB)は4月、1980~2020年の間に欧州連合(EU)で生じた気候関連災害で、被害の保険カバー率は4分の1にすぎなかったと説明した。カバー率が低いことが潜在的に「マクロ経済、金融、財政上のインパクト」をもたらすとの懸念を示した。”

“マン氏は長年、「保険の引受先がなくなることは居住不可能になることの第1段階だ」と言ってきた。保険に関する気候変動問題は、根本的なリスクを悪化させるのではなく軽減する形で管理しなければならない。”

Follow me!