号外:米農業、テックで気候変動克服

アメリカは世界有数の農業大国で、2020年の食料自給率(カロリーベース)は115%(食料を輸出している)です。一方、日本の食料自給率(同)は38%で、しかも国内の農業は衰退しつつあります。世界の人口は増え続けていて、気候変動や地政学的リスクが増大し、食料不安が懸念されています。下記の記事は、アメリカ農業における先端技術の活用について紹介しています。日本の国土は山地が多く、農作に適した土地の制約もありますが、食料を輸入に頼る状況を改善するための対策を早急に打つ必要があると感じています。

農家が8割減る日、主食はイモ?>の項を参照

2023年10月16日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

開発中の「ショートコーン」

世界有数の農業大国、米国で気候変動や資源高騰を乗り越えようとする技術の開発が進んでいる。代表例が従来品種より背が低いトウモロコシ「ショートコーン」だ。デジタル技術も活用して、肥料や農薬の使用を減らしながら安定した収穫量を確保する。一面トウモロコシや大豆畑が広がる中西部イリノイ州南部。収穫期を迎えた9月、「コーンベルト」と呼ばれる穀倉地帯の中心にある独バイエルの研究農場を訪れた。2018年に同社が約7兆円で買収した世界最大規模の米国の種子会社、旧モンサントの心臓部だ。”

“その一角で新品種のショートコーンが栽培されている。「プリセオン」と名付けられたこの品種が植えられた区画だけ、空が広く見える。草丈は7フィート(約210センチ)で、隣に立つ既存品種より2~3フィートほど低い。背が低いのは穀物などの植物を掛け合わせていく際に現れる「わい性」と呼ばれる特徴だ。同社が米国で2011年から研究を続け、交配と遺伝子組み換え技術を使ってこの特徴を持った品種を作り出した。草丈は低くても実がつく数は通常のトウモロコシと同じだ。

利点の一つが気候変動への耐性だ。背が低いため空気抵抗が小さく、異常気象による嵐などで強風を受けても倒れにくい。全米各地で試験導入されているショートコーンの畑がハリケーンの後でも無事だったことが度々報道され、注目が高まった。もう一つの長所は成長後も管理がしやすいことだ。従来品種のトウモロコシでは種をまいた後はトラクターが畑に入れなくなるため、作付けの段階であらかじめ多めに肥料を施して育成していた。成長後は航空機で全体に農薬をまく程度しかできなかった。ショートコーンの畑では成長後もトラクターが入っていける。必要最小限の肥料を初期に投入し、育成状況に応じて肥料を追加したり、特定の区画だけ農薬を散布したりするなどの調節ができる。米農家はコスト上昇に直面している。代表的な肥料の窒素の小売価格は、エネルギー価格の上昇などで2020年の約2倍で推移する。バイエルによると「新品種は肥料や農薬の消費量を大きく減らすことができる」という。ショートコーンは今、米国の農家から熱い視線が注がれている。バイエルのほかにも、米種子大手のコルテバや、パデュー大学などの研究機関も相次ぎ開発に乗り出している。”

バイエルの試験農場のコンバイン

ショートコーンの性質は農業のデジタル化とも相性がいい。米国も日本と同様、農家の高齢化で人手不足が深刻化し、農地の統合が進む。広い農地を少ない人数で管理するため、デジタル技術を活用して省力化しようとする取り組みが進む。バイエルの同じ研究農場で、センサーを搭載したドローンの試験飛行が行われていた。上空から撮影し、トウモロコシの成長度合いや病害の有無、水分の含有量などさまざまなデータを収集し、地理情報と結びつけて蓄積する。”

ドローンによるデータ収集

“研究農場のほか、同社と協力関係にある農家から収集したデータに土壌の性質や天候などのデータを結び付けて人工知能(AI)の機械学習で分析する。農地の特性に応じた最適な品種や肥料の投入量を計算して農家ごとの「処方箋」をつくる。農家は処方箋に従って栽培することで、肥料などのコストを抑えながら収穫量を増やせる。バイエルは、農家が所有するトラクターに情報を送り、農地で稼働させれば、地点ごとに自動で肥料や農薬を最適に投入するシステムも導入する計画だ。”

“デジタル管理は農家に思わぬ追加収入ももたらす。収穫後の作物の茎や葉などの残さを土壌に戻すと、成長中に吸収したCO2の一部を有機物として地中にとじ込められる。土壌の状態をデータで継続的に監視し、炭素吸収量を測定して証明できれば、CO2をカーボンクレジット(脱炭素照明)として販売でき、純収入になる。バイエルは処方箋の作成やカーボンクレジットも含めたパッケージとして農家への販売を計画している。”

農家の集約

「必要な時に必要なだけ肥料や農薬を投入する、より効率重視の農業になる」。プリセオンの開発に携わるタイ・バーデン氏は、1940~60年代に世界で広がった農業改革プロジェクト「緑の革命」を引き合いに出し、ショートコーンがもたらす変化を解説する。当時は米ロックフェラー財団などが主導し、コメや小麦などの主要穀物で、多くの肥料を使えばたくさん収穫できる品種の開発を目指した。穀物の大量生産が可能になり、各国の経済発展につながった。その後も品種改良は続いたが、近年は単位面積当たりの生産量の伸びは頭打ちになっている。しかも資源高騰でコストの上昇傾向が続く。バーデン氏は安定した収穫量を確保しつつ、肥料や農薬を節約してコストを抑える農業が今後世界で広がるとみる。人手不足や気候変動で耕作に適した土地が変わるなど、多くのリスクに直面している米農業。それでも課題を逆手にとりながら、バイオテクノロジーやデジタル技術を生かしてイノベーションが生まれ続けている。

Follow me!