号外:「人新世」で解く地球の危機

大変考えさせられる内容です。日々の生活に追われている毎日ですが、一度立ち止まって、現在そしてこれから人類(私たちと、それに続く世代)が向かう未来について、思いをはせる必要があります。私たちの日々の活動は、未来の世代に対して責任を負ったものになっているのでしょうか。文中にある「超加速社会」においてこそ、「過去を深く見つめて現在と未来を新たな視点からとらえなおすことも必要」という指摘は重く響きます。

2024年8月9日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

「人新世」じんしんせい、あるいはひとしんせいと読む。英語だとアントロポセン。46億年の地球史において、人類の営みが環境に多大な影響を及ぼしている「人類の時代」を指す。この言葉を聞いて、マルクス研究で知られる斎藤幸平・東京大准教授が新型コロナ禍の2020年に出版した「人新世の『資本論』」を思い出す人もいるだろう。資本主義の限界から「脱成長」を説いたベストセラーで、経営者などビジネスパーソンによく読まれた。人新世は、文化や芸術の世界をも魅了した。ここ数年、関連する展覧会や写真集、映像作品が続いた。経済発展とともに地球環境を壊すほどまで文明を肥大化させた人間の存在とは何か。根源的な問いかけが、哲学者や思想家の興味をかきたてた。科学の世界でも地味で目立たない地学用語が、これほど社会に受け入れられたのはどうしてか。”

この夏、命の危険にさらされるほどの暑さが続く。局地的な大雨で、穏やかな川の流れが豹変する。年月がたったように感じるが、2年前まで炎天下でも人々はマスクをつけていた。8月8日、南海トラフ巨大地震に対する初の「注意」情報が発せられた。ある日突然、当たり前だった日常が奪われ、一寸先も見通せなくなる。温暖化や異常気象、天変地異、パンデミックといった地球規模のリスクが現代社会では次々とやってくる。漠然とした不安からだれもが逃げられない。「多くの人が危機に対して納得のいく説明、すなわち記号化を求めている。人間が地球のバランスを壊したとする『人新世』は、まさにこれだという3文字だった」。新たな地質時代のチバニアン(千葉時代)を確立した立役者である岡田誠・茨木大教授はこう解説する。”

“人新世の登場は、オゾン層破壊の研究でノーベル化学賞をとったパウル・クルッツェン博士の問題提起が発端だった。2000年にメキシコで開かれた国際会議のある討議で氷河後期から現代までを指す「完新世」という言葉が繰り返され、いら立った博士は突如「われわれは完新世ではなく人新世を生きている」と言い放った。それから約四半世紀の2024年3月、地球史に「人類の年代」を新たに書き加えることを地質学者たちは時期尚早として見送った。ニュースとしては残念な結果だが、科学界の保守的な思考ルールが優先された格好だ。「人新世」を著した平朝彦・東海大教授は「私たちが地球史の大変化の時代に生きており、それを引き起こしている原因も私たちに由来する。地球と人間との関係を大局的、俯瞰的に捉えるようになった意義は大きい」と話す。リスクと向き合い、それを乗り越え、未来へのよき道しるべを探す。そのために、万年単位の時間を考慮し自然を制するのではなく見つめる「地学的指向」がとても大事だと気づかせた。”

「地球カレンダー」なるものがある。1年間の暦に地球の歴史をあてはめ、普段はなかなか意識しづらい時間スケールを肌間隔でとらえなおす。20万年前、ヒトの祖先とされるホモ・サピエンスの登場が12月31日午後11時37分、18世紀の産業革命は同59分58秒になる。宇宙からみると人類は瞬き程度の時間しか存在していないが、わずか2秒のうちに地球に大きな変化をもたらそうとしてしまっている。「加速」こそ近代そのものである。あらがうことはできても「脱加速」は答えにならない。ドイツの社会学者ハルトムート・ローザ氏は主著「加速する社会」でこう主張した。物理、化学といった科学の進展に支えられ、人間の活動は急拡大した。そして20世紀半ば以降、バイオテクノロジーや情報技術の指数関数的な進化も加わり、私たちは超加速社会のただ中にいる。

“時間に追われると、どうしても考え方や見方が「いま、ここ」に集中して、近視眼的になる。地球環境や原子力、生命倫理、人口問題といったいくつもの世代を超えて影響を及ぼす課題には、過去を深く見つめて現在と未来を新たな視点からとらえなおすことも必要といえる。例えば原発からでる「核のごみ」の最終処分地問題だ。10万年もの間、安全に保管しなければならないとされる。日本でも地域選定に向けた動きはあるが、この「10万年」がもつ意味をどこまで思考停止せずに考え抜けるだろう。価値観が多様化し複雑な社会課題がたくさんあるなか、地学的思考は誰もが身に着けておきたい科学リテラシー、リベラルアーツ(教養)である。”

“宇宙物理学者の須藤靖・高知工科大特任教授は長年、文系・理系を問わず地学を学ぶ大切さを説いてきた。「世界は不思議なことで満ちている。当たり前とされていることも一度疑い、自分でじっくりと考え、判断する。科学という学問は知識だけでなく考え方を学ぶ。温暖化や気象、地震と身近なテーマを扱う地学はうってつけだ」。再び人新世が地質年代として議論のテーブルにのる日は来るだろうか。いや、その前に人類に代わって人工知能(AI)が社会を支配しているかもしれない。そんな皮肉な事態にさせないためにも悠久の時に思いをはせ、地学的思考で未来を考える。それができるのは今を生きる現代人だけだ。

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