号外:海水からCO2回収、大気より効率よく

いったん大気中に排出されたCO2を大気中から回収して利用する取り組み(DAC、Direct Air Capture)が検討されていて、スイスのベンチャー企業である「クライムワークス」が世界で初めて開発・製造に成功した商業用CO2除去プラントがチューリッヒ近郊で稼働しています。その一方、地球の表面の約7割は海です。海洋は大気中のCO2を吸収することで気候変動の緩和に寄与しています。海洋は人間活動によって排出されるCO2の約25%を、大気中のCO2より高濃度で吸収しているとされていています。大気中から回収するよりも、より効率的に海洋からCO2を回収することができないかという技術が検討されています。

2024年10月8日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、

キャプチュラの実験用プラント

“海水中のCO2を回収し、脱炭素に貢献する研究が始まった。米スタートアップのCaptura(キャプチュラ)は年100トンのCO2を回収する実験施設を建設した。日本の海洋研究開発機構(JAMSTEC)も取り組む。大気からの回収より効率化できる可能性がある。”

“人類が排出したCO2などの温暖化ガスの影響で、地球の平均気温は上昇基調にあり、異常気象が増えつつある。温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」は、産業革命前と比べた気温上昇を2度未満に抑える目標を掲げている。主要国は2050年に温暖化ガスの排出量を実質ゼロにすることを目指している。排出量を完全にゼロにするのは難しいため、回収する手段にも取り組んで相殺する。国際エネルギー機関(IEA)によると、「2050年実質ゼロ」達成のためには2050年時点で約10億トンを回収する必要があるという。回収技術は大気からのダイレクト・エアー・キャプチャー(DAC)が一般的な手法だ。ただ、CO2は空気中に0.04%しか含まれておらず、回収効率を上げにくい。目標達成のためには大気からの回収だけでなく、幅広い手法を組み合わせる必要がある。有力な手段としてダイレクト・オーシャン・キャプチャー(DOC)がある。”

海洋のCO2貯留・吸収

海水は大気からCO2を吸収しており、海水1立方メートル中のCO2は95グラムで、空気中の数十倍だ。DACより高い効率で回収できる可能性がある。海水中のCO2が減れば、大気から海水に溶ける量が増え、大気のCO2を減らす効果が期待できる。先行するキャプチュラは、米カリフォルニア州にあるロサンゼルス港とカリフォルニア工科大学に2つの実験用プラントを持つ。2023年に稼働を始めた港のプラントでは年間100トンのCO2を回収できる。”

“イオン性の物質を分離する電気透析と独自開発の膜を使って、海水から直接CO2を取り出す。弱いアルカリ性である海水をくみ上げ、電気透析で海水の一部を酸性にする。酸性になった海水からはCO2が生じるため、膜を入れてCO2を回収する。CO2を取り除いた海水は海に戻す。将来は回収したCO2を化学製品の原料として利用したり、地下に貯留したりすることを検討する。キャプチュラのスティーブ・オールダム最高経営責任者(CEO)は、「(我々の手法は)海を汚すこともないし、海水温も変えない」と安全性を強調する。同社はノルウェーの石油大手エクイノールと共同で大型の実験用プラントを米ハワイ州に設置する。2025年初めに稼働予定で、年間1000トンの回収を見込む。”

日本ではJAMSTECを中心に取り組んでいる。海水に電気透析をして酸性の海水を作る。酸性の海水からは高濃度のCO2が気体として発生する。キャプチュラとは異なり、気体として出てきたCO2をDACと同様のシステムで回収する。日本は海に囲まれており、設置場所も豊富だ。JAMSTECの吉田弘グループリーダーは洋上風力発電基地との組み合わせを想定する。吉田氏は「電力を再生可能エネルギーでまかなう。回収したCO2は定期的に輸送船で運搬する」と話す。課題はコストだ。海水のくみ上げや循環でポンプを使うほか、海水から分離したCO2は吸着剤にくっつけるため、現状では大気からの回収よりコストがかかる。海水に含まれる金属イオンなどの不純物の除去も必要だ。現在は清水建設と共同で装置の大型化を研究している。2025年ごろからプロトタイプでの実験を始め、2040年ごろの事業化を目指している。”

DOCは水産業にも利点がある。CO2が取り除かれて酸性度が下がった海水を放出すると、周辺海域の海洋酸性化を解消できる。貝などの養殖場の近くで装置を稼働させれば、海洋酸性化の影響で殻が溶けだしたり成長が遅くなったりするのを抑えられる。海からのCO2回収については、太陽光を使う手法など様々な研究がなされている。研究は始まったばかりで、技術は確立されていない。今後、新たなゲームチャンジャーが生まれるかもしれない。”

<海藻などの活用先行>

海洋は炭素吸収源としての役割が大きい。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の評価報告書によると、海洋が吸収するCO2の実質的な量は年間約70億トンにのぼり、陸地に次ぐ規模だ。CO2の吸収は太陽の光が届く浅い沿岸地帯が中心で、海藻や直物プランクトンに吸収されている。海洋生物によって海に吸収された炭素はブルーカーボンと呼ばれ、脱炭素の手段として活用が始まっている。海藻といった植物への炭素固定が中心で、自然環境を利用するためコストが低い。ブルーカーボンでのCO2固定量を正確に測る方法も研究されている。一方、海藻は魚などのエサとなったり台風で流されたりするため、長期間にわたって安定してCO2を固定することは難しい。硬い炭酸カルシウムとして固定する手法は安定するものの、どの程度炭素が固定されるか分かっていない。数字として目に見えないため企業などが利用しにくい点が課題になっている。海水からCO2を直接回収するDOCについても、技術開発を進めながら、温暖化対策の効果を客観的に評価する方法などを整備していく必要がある。

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