号外:クジラ1頭に2億円の経済効果、IMFの学者が試算
2019年10月25日のNIKKEI STYLE電子版に掲載された記事です。
“クジラが人類に提供する「生態系サービス」の価値は、1頭あたり200万ドル(約2億1500万円)とする試算を、国際通貨基金(IMF)の経済学者らが同基金の季刊誌「Finance & Development」のオンライン版に発表した。IMF能力開発局の経済学者のチームは、クジラがもたらす恩恵を金銭的に価値に換算するという初めての試みに取り組んだ。”
“この分析は、まだ査読付きの科学誌には掲載されておらず、クジラが取り込める炭素の量をめぐって化学的な知見に重要なずれがある。だが、これまでの研究から、クジラの保護が地球に大きな見返りをもたらすことは、経済学者の目から見ても明らかだ。”
“「大型クジラ」は、大気中から炭素を回収して隔離する。まず、脂肪やタンパク質の多い体内に何トンもの炭素をため込む。泳ぐ大樹と言ってもいい。死んだあとは、クジラの死骸は炭素もろとも海の底へ沈む。そして数百年かそれ以上の間、炭素を海底に隔離する。2010年の研究では、ヒゲクジラ類のうちシロナガスクジラ、ミンククジラ、ザトウクジラなど8種が、死んで海底に沈む際、合わせて毎年3万トン近い炭素を深海へ運んでいると推定された。もし商業捕鯨が始まる前の水準までクジラの個体数を回復できれば、この炭素吸収量は年間16万トンまで増加すると、報告書の著者たちは推測している。また南極海のマッコウクジラ1万2000頭は年間20万トンの炭素を大気から海中へ取り込んでいるという報告が出された。”
“クジラが出す巨大な糞も、CO2吸収に貢献している。深い海で採餌するクジラは、海面近くで排泄し、同時に窒素、リン、鉄など大量の栄養物を放出する。これが植物プランクトンの成長を促し、ひいては光合成によるCO2吸収を促すことになる。プランクトンが死ぬと、吸収された炭素の大半は海洋表面で再利用されるが、一部の炭素は死骸とともに海の底へ沈んでゆく”
“IMFの経済学者チームは、現在生息する世界中のクジラが海洋植物プランクトンを1%増加させると仮定し、取り込む炭素の量を計算した。さらに、クジラが死んだときに隔離される炭素量を、文献に基づいて1体あたりCO2換算で平均33トンとしてこれに加えた。そして、CO2排出量取引の現在の市場価格を用いて、クジラが回収する炭素の金銭的価値の合算を出し、エコツーリズムなどを通してクジラがもたらすその他の経済効果を追加した。すべてを合わせてみると、クジラ1頭の生涯の価値は約200万ドルになると結論付けられた。全世界のクジラで計算すれば、1兆ドル(約125兆円)にのぼる可能性がある。”
“現在、地球の海には約130万頭のクジラが生息している。これを、商業捕鯨が始まる前の推定400万~500万頭まで回復させられれば、クジラだけで年間約17億トンのCO2を回収できる計算になる。だが、それも全人類の年間排出量である400億トンの中では数パーセントにすぎず、世界がこれまで以上にクジラの保全努力に取り組んだとしても、商業捕鯨が始まる前の数まで回復させるには数十年かかる。”
クジラを保護しさえすれば気候変動を食い止められるというわけではありません。クジラの保護には、商業捕鯨の規制だけではなく、廃プラの海洋汚染の改善、もっと言えばプラスティック使用そのものの見直しといった基本的な環境課題(地球温暖化対策)全般が関係してきます。また日本の捕鯨については歴史的な文化価値といった側面もあり、問題は決して単純ではありません。
海洋生物だけでなく、陸生動物からも同じような恩恵を受けています。2019年7月15日付けの科学誌「Nature Geoscience」には、コンゴ盆地のゾウがすみかである雨林に数十億トンの炭素を隔離する手助けをしているという論文が掲載されています。感情的な野生動物愛護運動だけでは、なかなか現状を変えてゆくのは難しいかもしれません。しかしクジラやゾウなどの大型動物が人類にもたらす生態系サービスは、全ての生き物に恩恵があります。大型動物がもたらす恩恵を金銭的価値に換算してみることで、その価値を再認識することができれば、地球環境全体のサステイナビリティを考える次のステップに進むきっかけになるのではないかと思います。