号外:生かせるか「地熱」の潜在力
2021年12月24日付け日本経済新聞電子版に掲載された記事より、
<世界でホットな地熱発電>の項を参照
”地熱発電所が2022年以降、続々と稼働する。脱炭素社会の実現に向け、地熱が持つ潜在力が必要とされているためだ。太陽光や風力のように発電量が天候に左右されない安定性が魅力で、出光興産やINPEX(旧国際石油開発帝石株式会社)、オリックスといった大手企業が大型発電所を開業する。資源量が世界3位の日本だが、現状の導入量は火力発電所1基分とわずかだ。脱炭素の潮流が、企業の地熱開発を駆り立てている。”
”12月上旬、JR盛岡駅から高速道路を経由して1時間。山道を抜けると、高さ46メートルの巨大な冷却塔から蒸気がもくもくと噴き出していた。東北電力グループが運用する松川地熱発電所(岩手県八幡平市)は最大出力2万3500キロワット。1966年に国内で初めて、世界でも4番目に稼働した今も現役の地熱発電所だ。松川発電所は8本の蒸気井と呼ぶ地下に掘った井戸から300度近い蒸気を取り出し、タービンを回して発電する。最も深い井戸は深度1600メートル。もともとは1950年代に自治体が温泉開業を狙って始めた地熱開発を、発電向けに転換したのが始まりだ。発電に使った後の蒸気は自然の風を使って冷却塔内で冷やされ、冷水は発電所内で再利用される仕組みだ。昼夜ほぼ一定の出力で発電するのが地熱発電の最大の強みだ。”
”世界的な脱炭素の潮流が、地熱開発を再び呼び起こした。政府の2050年カーボンニュートラル宣言以降、地熱発電の開発を本格化しようとする動きが目立つ。政府は2021年6月に改訂した「グリーン成長戦略」で、地熱産業を成長分野として育成する方針を公表した。国が地熱を成長分野として位置付けたのはこれが初めてだ。国内に60ヶ所弱ある地熱発電施設を2030年までに倍増する方針も示された。”
”地熱発電の適地は北海道、東北、九州に分布するが、このうち国立公園が多い北海道では今まで開発が十分に進んでこなかった経緯がある。だが国の委員会で2021年9月、自然公園法の行政向け通知を変更し、国立・国定公園の第2種・第3種特別地域での地熱開発を「原則認めない」とする記載を削除する方針を決定した。この規制緩和により自然への配慮は前提となるが、開発に着手しやすくなった。さらに従来は熱水を取り出す井戸ごとに申請が必要だった地熱開発のガイドラインも改定し、熱水・蒸気がある地熱貯留層を1つの事業者が管理できるようになった。複数の事業者が同じ貯留層を奪い合い、開発が進まなくなる事態を防ぐためだ。”
”相次ぐ規制緩和の流れを受けて企業の開発意欲も高まっている。オリックスは2022年、出力6500キロワットの南茅部地熱発電所(仮称)を北海道函館市で稼働させる。水より低い沸点の媒体を蒸気化してタービンを回す「バイナリー方式」と呼ばれる地熱発電方式では国内最大規模だ。出光興産とINPEX、三井石油開発も2022年に秋田県湯沢市で地熱発電所を着工する。出力は1万4900キロワットで、2025年にも運転を始める。INPEXはインドネシアで地熱事業に参画しており、資源開発で培った掘削のノウハウも生かして国内での開発に備える。レノバ(東京、再生可能エネルギー発電施設の開発・事業運営会社)も熊本県や北海道函館市で地熱発電の開発を進めている。
”地熱発電の設備稼働率は7割以上を誇る。同じ再生可能エネルギーでも太陽光発電や風力発電の1~3割程度と比べて安定性は抜群だ。松川地熱発電所では一般家庭5万世帯もの電気をまかなえる規模だ。それでも国内で地熱開発がなかなか進んでこなかったのは、油田と同じで掘ってみないと正確な資源量が分からないことがあった。日本の場合、掘削の成功率は3割程度とされ、1本掘削するのに5億円以上かかる井戸を何本も掘る必要がある。環境影響評価から稼働までにかかる時間も15年程度と長く、資本力がない企業では出が出ない。”
”地熱資源量は火山地帯と重なる。日本の資源量は2340万キロワット分と見積もられ、首位の米国やインドネシアに次いで世界で3番目だ。ただ実際の導入量は計55万キロワット程度と10年前からほぼ横ばいだ。国際エネルギー機関(IEA)によると地熱導入量は世界で10番目にとどまる。一度は機運が高まった地熱発電は、原子力発電所の推進政策に押され、「塩漬けの20年」と呼ばれるほど勢いを失った。脱炭素の潮流が呼び水となり、再び脚光を浴びる今が普及のラストチャンスだ。”
”一度は勢いを失った地熱発電だが、潮目が変わったのは2011年の東京電力福島第1原発事故だ。原発の安全神話が崩れ、全基の稼働が止まった。2012年の固定価格買い取り制度(FIT)の導入もあって地熱発電に向けた調査が再び増えた。2019年1月にはJFEエンジニアリングなどが松尾八幡平地熱発電所(岩手県八幡平市、出力7499キロワット)を稼働した。同年5月にはJパワーなどが山葵沢(わさびざわ)地熱発電所(秋田県湯沢市、4万6199キロワット)の運転を始めて、再び地熱発電が注目された。山葵沢発電所は2015年に着工し、現在の設備稼働率は9割程度と稼働状況も良好だ。“
”地熱発電の開発には必ずと言っていいほど、観光事業者や温泉事業者からの反発がでる。これまで地熱発電によって実際に温泉の湯量や泉質に影響した事例はほぼないものの、地域の理解がなかなか得られなかった。地域の理解を醸成するため、近年は地熱発電を通じた地域貢献を進める動きも活発だ。北海道森町では北海道電力の森地熱発電所で発電に使った熱水をパイプラインで市街地に運び、野菜ハウスの暖房に使う取り組みが進む。ハウスではキュウリやトマトなどの野菜を栽培している。”
”地熱発電の拡大には技術開発も欠かせない。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)などが実用化を目指すのは「超臨界地熱発電」と呼ばれる技術だ。従来より地下深く、マグマに近いところに存在する「超臨界水」を用いる。超臨界水は高い圧力によって沸点が上昇。温度は500度と通常の地熱発電で使う蒸気より高く、発電効率の向上が見込める。ただ、超臨界水は強い酸性の可能性があり、普通の鋼鉄はすぐ腐食してしまう。これに耐えうる素材開発が欠かせない。通常の地熱発電の井戸が深さ1~2キロ程度なのに対し、超臨界水は地下5キロ程度の深さに存在すると考えられるため、どうやってそこまで井戸を掘削し、熱水を取り出すかも課題だ。”
”海底の地熱資源も注目されている。海底には多くの火山が存在する。長崎県沖から台湾沖にかけての「沖縄トラフ」周辺の地熱貯留層調査では、約70万キロワットの発電能力があることが分かった。国内地熱導入量を上回る規模だ。海底下を掘削して熱を取り出して発電するのは従来の地熱発電と共通するが、陸上と比べて立地制約が少ないのが利点だ。また海底地熱発電は井戸1本で得られる資源量が陸上より多いとみられ、海底の圧力に耐えられる設備の検証などは必要となるものの、掘削コストは陸上より安く抑えられる可能性があるという。”